Fiat Abarth 1000SP
Fiat Abarth 1000SPです。
では説明を
アバルト1000SPの特徴は、まず、そのエンジンにある。ティーボ229Aと呼ばれたパワーユニットは、アバルトのビアルベーロ用の1000ccの発展型。そのベースはフィアット600のものであった。
アバルトのカタログによると、2基のツイン・チョーク・ウェーバー40DCOEと高性能の圧縮比から、105馬力を絞り出すと明記されているが、このレーシング・バージョンは、プライベート用にもチューンアップされており、スペック以上のパワーを持つと推測される。
この水冷直列4気筒ツインカム・ユニットは、OTやシムカといった他のアバルト製リア・エンジン・レーシングスポーツのように、リアにオーバーハンギングされておらず、鋼管スペース・フレームのミッドシップに搭載されている。
また、ドライ・シングル・プレートが標準装備とされていたらしく、そのためか、踏力や感触は明らかに一般的なロードカーに近かったが、ストロークの短さとつながりの潔さが、サーキットで多大な効果をもたらした。
MORGAN Super Sports Threewheeler
今日の鈴鹿の決勝
最後の数周は面白かったです、個人的に![]()
今日はこの![]()
MORGAN Super Sports Threewheelerです。
この車、今日の鈴鹿のドライバーズパレードでマーク・ウェバー選手が乗っていました。
ではこの車の説明を
MGミジェット登場以前、血気盛んな英国の若者たちはモーターサイクルでモータースポーツの楽しみを知った。
そんな彼らも次第に4輪自動車が欲しくなるが、その頃の彼らの収入で購入できる4輪自動車は走行性能が低く満足できない。そこで誕生したのが、このスリーホイーラー(3輪車)だ。スリーホイーラーはモーターサイクルから移行する若者たちを失望させないだけの運動性能、さらに居住性も確保し、モータリングの歴史にユニークな一時代を築いたのだった。
そのスリーホイーラーの頂点にたっていたのが、Morgan Mortor Company社だ。Morgan社は、ハリーH.F.S.モーガンが英国ウスター州ウスター市街から少し南に降りた小さな街マルヴァーンで小さなガレージを開いたのが始まり。モーガンのスリーホイーラーは、1910年から1952年という40年以上にわたって製造されたことが証明しているように、もっとも支持され、成功したメイクである。 手作りにこだわるMorgan社では、4輪のモーガン(4×4)が現在もなおコンスタントに作りつづけられている。
Fiat Abarth 2000 SPORT SPIDER Ser.II
今日からF1日本GPが開幕ですね。
本日はこの![]()
そのシャシーには強度を増すためのファイバーグラスのクロスが巻かれている。
Fiat Abarth 2000 SPORT SPIDER Ser.II です。
では説明を
1967年末から生産が開始されたアバルトES010スポルトスパイダーは、1968年、69年には、ヒルクライム、オープンロード、サーキットを問わず、出るレースすべてでクラス優勝を果たし、ヨーロッパ中のメイクの中でもっともすぐれたグループ6カーと言われた。
シャシーにはクロモリ鋼のチューブラー(鋼管)フレームを使用する。カルロ・アバルトとコルッチ技師は作業と修理の容易さから、とくにチューブラーフレームを好んだようである。
エンジンはリアに配置されており、前後の重量配分はドライバーが乗った状態で38:62であった。
このシリーズIIとなってFRP製のボディはサイズアップされ、馬力は8,700r.p.m時に250馬力を発生させている。
WTCCチケットやっと発売
本日1日、ついにWTCCのチケット
の一般販売になりました。
早速自分はゲットしました![]()
今回もスポットで日本人の選手が参戦しますね。
特に自分が応援している谷口選手には頑張ってもらいたいですね![]()
インディペンデントクラスでの参戦になるのですが、心配なのはウエイトの事ですね。
積まれなければいいのですが・・・
サポートレースのル・マンアジアシリーズは非常に楽しみなんですが、チームのエントリーは発表されてますが、ドライバーがまだ発表になってないので誰が乗るかはまだ不明です。
がしかし、アウディR10やアストンマーティンが見れると思うとそれだけでも非常に楽しみです![]()
ドライバー市場
そろそろF1界ではストーブリーグが活発になってくる頃ですね。
正式発表は明日らしいですが、アロンソはフェラーリへ![]()
ライコネンはマクラーレン![]()
バリチェロとロズベルグのトレードの件![]()
クビサはルノー![]()
ブルーノ・セナはF1にやってくるのか![]()
新規参入チームは全て来年のスターティンググリッドに並ぶ事が出来るのか![]()
噂話が先行してどうなる事やら分かりません![]()
SHELBY-AC COBRA427
本日はこの![]()
SHELBY-AC COBRA427です。
ではこの車の説明を
このコブラを世に生み出したキャロル・シェルビーは、レーシングドライバーとしてアストン・マーティンの黄金時代を支えるなどヨーロッパでのレース経験が豊富で、優れたスポーツカーの存在をよく知り抜いていた。
コブラのシャーシに用いられることとなったACエースは、高度にバランスのとれた優れた車であったが、戦前のBMW譲りのブリストル2リットルエンジンはパワフルとはいえなかった。
そこでシャルビーはライトウェイトで評価の高かったフォード・フェアレーン用の4リットルV8エンジンを持ち込み、シャーシをさらに強化した高性能バージョンとして誕生したのがコブラである。
1962年のことである。
1965年には、何と7リットルもの大排気量フォードV8をボンネットの下に詰め込んだ”427”が登場、比類の無い加速でアメリカン・スーパースポーツカーの名を不動のものにした。
400hpを軽く超える強力なパワーを受け止めるため、鋼管フレーム大径化や足回りがダブルウィッシュボーンに変更されているが、その軽量なボディも相成って停止時からの全開加速ではテールを左右に振りながら豪快に加速する"スネークダッシュ"でドライバーを洗礼する。驚異的なその加速力は、スタンディングスタート0~400m:12秒台を叩きだすという怪物だ。
ちなみにこのコブラ、日本では数台しか確認されていないそうです。
PORSCHE 550 SPYDER
今日はこの
です
PORSCHE 550 SPYDER
それでは説明を
1955年、アメリカに渡った4台の550スパイダー。
1台はジェームス・ディーンが購入した。 その隣にあった1台がこのスパイダーであります。
550スパイダーは1954年、ポルシェ初の市販レーシングカーとして誕生しました。
エルンスト・フールマン博士の手によって生み出された”フールマン・エンジン”、 乾燥重量550kgのライトウェイト、ミッドシップなど、その魅力に憑かれた若者も数多い。永遠の英雄、ジェームス・ディーンもその1人でありました。
四国自動車博物館に展示されている1台は、1954年のヨーロピアン・チャンピオンシップカーであります。
翌年、ほかの3台の550スパイダーとともにアメリカへ送られ、その中の1台をジェームス・ディーンが購入した。1955年9.月30日、運転中に不慮の事故に遭い、その若い命が失われたことはよく知られている。
映画「ジャイアンツ」の撮影を終え、親しい友人たちとロサンゼルスの北にあるサーキットに向かう途中であった。
当博物館の1台は、渡米後ほとんどのレースでクラス優勝、または3位以内を飾り、初めてアメリカで大活躍したポルシェであります。
ヨーロッパとアメリカのレース歴を持つ唯一の車といわれています。
550スパイダーは、梯子型鋼管フレームにアルミボディをかぶせ、そのリア・アクスル前端にエンジンを搭載する(ミッドシップ)、本格的なレイアウトを持ったレーシングカーであった。
当時、新設計の空冷水平対向4気筒エンジンは、1979年までポルシェ社社長を務めたエルンスト・フールマン博士の手によることから別名、”フールマン・エンジン”と呼ばれた。
1,498ccという小排気量ながらも各所に施された高度な機能によって、110PS/6,200r.p.mを発生し、乾燥重量550kgという極めて軽い車両と相まり、最高速220km/h、0-100km/hは10秒以内と、驚くべき高性能を持っていた。
1954年末より市販を開始。
生産台数は約100台。
その中で現存が確認されているのは世界中でわずか30台に過ぎない。
ジェームス・ディーンの伝記映画が制作される際、見事にレストアされた四国自動車博物館の1台にハリウッドから出演の熱いラブ・コールがあったそうです。
以上でこの車の説明を終わります。
PORSCHE 597 Jagd Wagen
車名前はPORSCHE 597 Jagd Wagenです。
この車はPorsche社としてはじめての4WD Jeep、このType 597Jagd wagen(ヤクトワーゲン)を製作しました。
ドイツの軍用車としての正式採用が狙いです。
しかし、Porsche社初の4WDであったヤクトワーゲンは政府への納入価格が高かったため、1955年にプロトタイプとして約60台あまり製作したものの政府には50台しか買い上げられず、残り11台はPorscheファミリーの社内用車として使用されたといわれています。
現在ではPorsche本社ミュージアム、シンスハイムテクノロジーミュージアム(ドイツ)、コリヤポルシェミュージアム(アメリカ)など、世界で数箇所しかみることができず、6台しか現存していないといわれています。
この博物館展示車は、1989年にコリヤミュージアムと現オーナーがDr.フェリーポルシェより当時の新品パーツともども2台を同時に譲り受け、フルレストアした1台だそうです。
この説明は四国自動車博物館のHPの文章を用いています。
これからも説明には流用させていただきますのでよろしくお願いします。
洒落にならない
昨日のフリー走行、ロマン・グロージャンがやってしまいました![]()
ターン17(今現在ピケ・コーナーと不名誉な呼ばれ方をしている)で、クラッシュしてしまいましたね
このクラッシュは当然故意によるものではないのですが、騒動によって2つのスポンサーを失ってしまったルノーにとってはなんとも笑えない事故でございました![]()
無くなってる
木曜日にルノーの冠スポンサーであるINGが契約を打ち切りましたが、早くもマシンのINGロゴが見事に無くなっておりました。
INGのロゴがあった部分はルノーのロゴを貼ってあります。
レッドブルは早くもセブンイレブンのロゴがお目見えしてましたね。
日本GPのみだと思ってたんですけどね![]()
やはりブラウンGPのcanonのロゴはいいですね![]()
今週末もドライバーの皆さん怪我の無いようにお願いします。





