これは昨年の10月に書いて、下書きに保存していた記事です。
母の逝去に伴い、斎場の車に同乗したこととリンクすると思い、ここに投稿します。
最後に、娘にしてやれたと思うことがあります。
それだけは娘もきっと安心してくれてたんじゃないかと、思うことがあります。
それはあの日の深夜、救急病院から斎場に向かう車に同乗したことです。
当たり前のことかも知れませんが、あの時病院に言われるままに、別々に移動しなくて良かったと、振り返って思うのです。
看護師さんからは
「お母さんは息子さんの車で‥」
と言われましたが、
「でもあの子、ひとりは嫌って言うから」
と、娘を知らない人の車にひとりで乗せることを拒みました。
ちょっと戸惑ったような表情の看護師さんでしたが、「一人だけなら乗れます」とのことで、白い布で覆われた娘に付き添うことができました。
迎えに来たスタッフは男性で、見た目にも娘が嫌がるタイプの方だったので、
「ひとりにしなくて良かった。」と心底思いました。
車内には本当に一人分の補助席があって、
横になる娘に寄り添うように座ることができました。
斎場までの道はすごく揺れて、娘の体もすごく揺れて、そのたびに「〇〇大丈夫?大丈夫?」と、泣きながら声をかけました。
何度も何度も名前を呼んで泣き続けました。
その時のことはたまにフラッシュバックします。
辛くて仕方がないけれど同時に、
「でも〇〇、あの時おかぁがおって安心やったやろ?」
「あの男の人とふたりは絶対イヤやったやろ?」
と語りかけるのです。
そうすると娘が
「あーもう絶対嫌やったね。」
「おかんちゃん、最後にグッジョブやったやん
」
って言ってくれてる気がするのです。
娘を傷つけ追い詰めた私ですが、最後のあの時だけは娘を守ってやることができた。そう思っています。