友人は自殺に失敗していた。
友人が自殺を図るに到った責任の一端は、ぼくにあった。
見舞わないで済ませるわけにはいかない。
友人は個室に伏している。
友人は起きていたが、
ドアを開けるぼくを振り返ろうともしなかった。
じっと窓のほうをみつめていた。
夜景を見たかったのかもしれない。
窓にはブラインドがおろされていた。
その上を無地のカーテンが覆っている。
「宮古」
とぼくは呼んだ。
「パンを買ってきたんだ。ここで食うが、いいか」
返事はなかった。
知らせを聞いて山陰から駈けつけた宮古の母親も、
さきほど市内のホテルに引き上げたところだった。
病室の臭いは腐乱した花の香を思わせた。
宮古の母親が持ってきた湯沸かしポットで紅茶を淹れて、見舞い客用の円椅子を引き寄せた。
ひどい眠気が襲った。
仕事帰りだったし、
しかも夕方になって、客が仕様変更をいってきた。
簡単な打ち合わせをして、その場でペンをとりアルゴリズムを書いた。
ほかのメンバーは今も残業しているはずだ。
自転車をこいで来たので、
頭ばかりでなく躯も休息を欲しがっていた。
病室には新鮮な空気がない。
宮古の首を白い包帯が護っている。
ラグビーで鍛えた汗臭く筋肉質だった躯が、
尾籠な譬えだが、野晒しになった黒い大便のように、だらしなく見えた。
首だけに体重を預けて宙に浮く、
揺れる、
呼吸が止まる、
血流が熱く沸騰する、
排尿する
――そうした壮絶な経験を想像して、身震いする。
パンをかじった。
ぼくの反応はたぶん滑稽なものなのだろう。
少なくとも宮古に自殺を決意させたもの、
それは宮古を襲ったのとまったく同じ力で、
ぼくをも襲っているのだ。
宮古が死を選んだそのそばで、
なぜぼくは生きるためにパンを食べているのか。
だが、やがて宮古も食うようになるだろう。
それまでは点滴で命をつなぎ止めるのだ。
パンをすっかり食べ終わっても、
宮古は振り返る様子も話し始める様子もなかった。
拒絶されているに過ぎなかったが、
なんだか叱られているような気がし始めた。
黙ってノートパソコンを開き、仕事をすることにした。
ぼくには会社の仕事とは別に、
個人で請け負った仕事もある。
消灯の時刻近くまでそうして仕事をし、ぼくは退散した。
帰るときに
「おれ、帰るぞ、じゃあな」
といってみた。
宮古はやはり、窓のほうを向いたままだった。