『・・・彼氏の子供が出来てた』


耳ではなく心に直接響いてくるその言葉。

意味を理解するのにとても勇気がいりました。


『ちゃんと解れたんよ。携帯の番号も変えようと思ってたし』

『でも気になってたから、最後に検査薬で調べたら・・・陽性って』


懇願するような、そんな切羽詰った声のハルカ。

途切れていた僕の頭と心も再び繋がり、思考が蘇る。


「陽性って、そんな科学的な言い方・・・」

「素人判断に近いんやから、ちゃんと病院に行ったらどうや」


何とか前向きに希望的観測を作ろうとする野武士。

でも、それは簡単に崩れます。


『うん。そう思って今日行ってきた・・・』

『・・・先生も、出来てるって・・・』


そこからまたハルカは泣き崩れ、僕の頭と心は分離する。

どうすればいいのか、どうしないといけないのか。


タバコに火を点け、深く煙を吸い込む。

それを肺に入れる前に、呑み込む。


タバコ本来の渋い深みと不味さが色濃く鼻骨に広がり、

吸い入れたままの煙を鼻から噴出す。


何かを早急に考える時のクセで、まさしく立て続けにタバコを呑む。

ゴクゴクゴクゴク。指に挟んだフィルターは急激に暑くなり、目の前は煙で見えない。


そうした緩やかな自殺に近い状態で僕は、

もう目の前まで来ていた幸せを、とりあえず掴みなおそうと考えました。


「彼氏はこの事、知ってるんか?」

『ウウン、何もまだ言ってない』

「じゃ・・・堕ろせよ」

『・・・エ?』

「だから、堕ろしたらエエやろ」

『・・・・・・堕ろすの?』

「仕方ないやろ」

『・・・・・・・・・』


僕自身はそんなにリアリストではありませんが、

この時は意外と罪悪感はありませんでした。


一瞬、彼氏の元へ戻るよう説得する事も考えましたが、

本命の彼女を振りましたから、犠牲がもう一つ増える事への抵抗はありません。


とにかく、虚ろだった僕の提案は次第に魂が宿り、

ちゃんとした声として、ハルカの心へ何度も何度も突き刺します。


「生まれてくる子も可哀想やし」

「現実的に物事を考えたら、そうする事が一番やよ」

「一人で育てる事も出来るけど、お前は無理や」

「な、だから、だから俺の言う通りにせーて・・・」


恫喝に近いその提案はハルカを萎縮させるだけでした。

でも、言わずには居られないのも事実。


「聞いてんのか!?」

「ちゃんと考えろや!」

「オイ!聞いてんのかって!!」

『・・・・・・・・・わかった』


消え入りそうな声でハルカは応えてきました。

自分が見えなくなっていた僕は求めていた答えに落ち着かされる。


「え!?何てー!!」

『ウゥ・・そうする』

「フ~・・・そうか・・・ちょっと辛いけどな」

『でも、もうちょっと考えさせて・・・。ね・・・』

「解ってるよ。でもなるべく堕ろす方向性で考えてくれよ」


そこで電話は切れました。

僕も疲れきって、それ以上の事を話す気力がありませんでした。


そのままソファに倒れ込み、ハルカとの短い思い出を頭に浮かべていました。

相変わらずタバコを呑みながら、天井には吐き出された煙がゆるりと漂う。


どれぐらいその状態で居たのかは解りませんが、

少しずつ、自分が避けていたモノが心の中で存在感を増してきました。


最初から気付いていましたが、ずっと嫌で考えとして形にすらしていませんでした。

それが向こうから勝手に形となって、僕に近付いてきます。


急いで冷蔵庫を開け、ビールを一気に呑めるだけ呑む。

そして新たなタバコに火を点け、ゴクゴクと呑む。


出来るだけ自分を正常ではない状態にして、起こりうる異常な判断を回避する。

でも、その考えは止まる事を知らず、無責任に僕を支配する。


どんどん膨らんで、もうどうする事も出来なくなり、僕は途方にくれる。

そして、携帯を持たされる。


そう。最初からこの選択義は用意されていました。

避けていた僕自身が、やはり選ばれるように持ってきたのでしょう。


『もしもし・・・どしたん???』

ハルカはまだ泣いていたようです。可哀想に・・・。


「あのな、もう泣かんでエエよ・・・」

何となく、僕も目頭が熱くなってしまう。


『だって・・・どしたらイイか解らんねんモン・・・』

そうやよな・・・。ゴメンなさっきは怖い言い方して・・・。


「俺が、・・・何とかするから」

もう後戻りはできないけど、後悔もない。


『何とかするって?』

深呼吸だけさせてくれ・・・。


「俺と一緒に、その子を育てよう」

「俺と結婚するんやから、その子は俺の子でエエやんけ」

「だからもう泣くな」