2021年十月七日午後十一時ごろ、東京で震度五強の地震が発生した。
幸いにも、台風の襲来に備えて
十月終わりには「冬装備に入れ替えるか」
そう思っていた。
備蓄の水や缶詰もバッチリ!
コロナ禍で旅行に行けないから
防災グッズをトランクに詰めている。
使い捨てマスクも、ちゃんと中に。
常日頃から、地震や洪水に備えて
いつでも自宅から離れてもいいように
こうして準備をしている。
今回の地震で、またドアが開かない。
大家さんに相談しなきゃ。
実は、十年前の東日本大震災で
母方の祖父が被災した。
両家とも、ほぼ全て東北に
血縁者が集まっている。
あの時は
無事の一報まで三日かかった。
一方の東京は東京で
電車は止まって
余震もあった。
あれは、生きた心地がしなかった。
当時の私は、自宅で猫と共に
地震の速報と、次に何をするか?
ライフラインは大丈夫か?
自宅にいるなら、
安心して帰れるように
働きに出ている母を
安心して眠れるように
そんな準備をしていた。
その最中に、固定電話が鳴った。
母だと思ったが、
なんと
失踪中の親父!
驚いたが、それはそれである。
「無事」の確認と、次にやること
親父はしゃべり続ける。
全部一緒だ、気が済むまで聞き流す。
「まだ母の安否不明」
それを伝え、とっとと電話を切れと。
当時、携帯電話あっても
電話番号は全然教えていない。
だから、使えないも同然。
親父の電話攻撃をやり過ごし
母方の祖父の安否を確認するため
電話を何度もかけたが
不通だった。
切り替えて、叔父様から
無事の一報を待つしかない。
片付けと、ガスの復旧にお風呂の準備
母が疲れて帰ってもいいように
ちゃんと布団も敷いて
パジャマも用意。
固定電話から、今度は母だった。
現在、携帯電話を借りて
電話している事。
手短に、安否状況と現在の情報を伝える。
「あとは風呂入ってゆっくり寝て」
母が帰ったのは、その一時間後だった。
母も、切り替えが早い
電車ルートから、
バスルートに切り替える
三月の肌寒い時期だったので
使い捨てカイロを多く持っていた
そのお礼に、携帯電話を借りたそうだ
その教訓から、
「鞄には常に使い捨てカイロを入れる」
が生まれた。
家族の安否情報は把握した
しかし母方の祖父は未だに
連絡が取れない。
三日後、やっと母方の祖父から
「無事ですよ」
電話が来た。
後日談だが、
自宅のライフラインが止まって
昼はコンビニと図書館
復旧が早い場所を、知っている!
毎年送っていた
使い捨てカイロで
暖を取ったそうだ
情報は、電池駆動のラジオ
これで全て賄ったそうだ
祖父の知恵と
田舎の差し入れの知恵
送ってよかった
使い捨てカイロと
電池を開発した技術者のみなさん
母方の祖父を助けてくれて
ありがとうございます
電池駆動って、すごい
叔父様からは、
親戚宅の安否情報と無事を
確かめて、まとめていたそうだ。
仕事でお忙しいのに、
安心できました。
叔父様の事情を
理解している
東京での安全確保
しっかりとした情報
冷静に考えて行動する
動ける人間が率先してやる
私は、その役目だった。
ちゃんと、出来ていただろうか?
出来なかったら、改めて
考えて模擬訓練すればいい
まだまだ
東日本大震災は
終わっていない。
教訓にして
もっと、しっかりと確実に
冷静に動かなくては
まだまだ
反省と
改良の余地があるハズ!
とりあえず、今年の分
使い捨てカイロと
鯖缶を発注した
経験から、学んで実行する
今の時点で、出来ることの
精一杯である。
東京の空の下
東北の血を継いだ私は
今を生きている。
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