2023年もあっという間に11月に。殺人的な酷暑の7、8月、同じく強い残暑の9月から一転
して秋の涼しさの10月になったかと思うと、「戻り残暑」で夏日復活の11月と季節は慌ただ
しく移り、精神的な落ち着きを取り戻せないまま、年末まで2ヶ月を切ってしまった。
ブログの更新もそのままで、気になってはいたが、なかなか手を付けられず、とりあえず書
いて置こうと思った次第である。
慌ただしい中にも歌舞伎観劇や音楽鑑賞などに結構出掛けていて、うろ覚えの記憶をたどりな
がらだが、まずは7月から始めてみよう。
まずは夏恒例、松竹座の「七月大歌舞伎」。去年は急な休演で仁左衛門丈を見逃し、悔しい思い
をしたが、いろいろあってチケットの手配が出来ず、未練がましく「おけぴ」をのぞいてみたら、
二階一列の良席が2枚、お値引きの出品があり、思わず飛びついて購入したのが7月3日のこと。
日時が切迫していたので、出品者様と直接お会いしての取引は、全くの初対面ながら歌舞伎談義
で盛り上がり、嬉しい出会いで望外の幸せを味わった。その後、やはり昼の部もと思い立ち、こ
ちらは節約して2等席ながら、二階6列33、34番が獲れ、どちらも満足なお座席確保となった。
まずはお譲りいただいたお席で、8日の夜の部からの観劇である。
口開けは「俊寛」。仁左衛門丈では初見。丹波少将成経の幸四郎丈が「ドラマチックで、人の
心をわしづかみにするような感動を与える俊寛」と評したのはさもありなんと思わされる圧巻
の出来映え。平判官康頼の橘三郎丈は手堅く、瀬尾の弥十郎丈は高身長もあって、威圧的で
憎々しく上々。千之助丈の千鳥は可憐(孝太郎丈は配役されず、がっくりしたとか)。 丹左
衛門尉基康の菊之助丈はりりしく、きっぱりした風貌、立ち居振る舞いが目の覚めるようで
適役。すっぽんを水の深みに見立てた演出もよく、★★★★☆、堂々の★4.5。
続く舞台は「吉原狐」。めずらしい演目で、1961年に十七世勘三郎丈のおきち、八代目幸四郎
丈の三五郎で初演。二度目が2006年で、福助丈のおきち、三津五郎丈の三五郎に、貝塚采女で
当時染五郎の現・幸四郎丈が演じ、今年が三回目で17年ぶりの公演だとか。
米吉丈のおきちは気が強いのにうっかりで、落ち目の男に惚れっぽくて失敗する、厄介だが可
愛い女を演じてぴったり。おきちが惚れる瞬間には、シャリンと鈴の音がなって、ピカっと照
明が当たり、おきちの手が狐手になるので、会場が大ウケ(これは、幸四郎丈と鴈治郎丈が共
演した他の芝居での演出と同様だが、令和の味付けで判りやすく、良しとしておく)。
対する三五郎の幸四郎丈は父親役には難のある若見えで、うまいのだがやや見劣りして残念。
先輩芸者・おえんの孝太郎丈はハマリ役で上々(やはり千鳥は千之助丈に譲ってよかったか
と)。
高慢な上客・貝塚采女の染五郎丈は線が細くまだまだという処。舞台で顔を作ると美形ぶりが
際立たないのも残念。化粧の工夫も必要かな。
三五郎といい仲ながら、おきちより年下の下女・お杉の虎之介丈は生真面目さが際立って面白
いが、きんきんした声の調子は少し強すぎたかも。
采女と芸者を取り合う上客・越前屋孫之助の隼人丈は大富豪同心さながらの軽さでまあまあ。
相手が染五郎丈なので、少し控えたのかな。その他、遣手おつるの吉弥丈、女将の扇雀丈、
旦那の遠州屋半蔵の鴈治郎丈が脇を固めて手堅い。抱腹絶倒の舞台で、★★★★☆、大満足の
★4。
さて、忙しくも翌9日、またまた母と揃って昼の部の観劇である。
口開けは「吉例寿曾我」。今回は「鶴ヶ岡石段」「大磯曲輪外」の公演。初見。冒頭、隼人丈と
虎之介丈との立ち回りが新鮮。華やかで見映のいい立ち回りの最後には、石段がふたりをのせた
ままぐるっと「がんどうがえし」という大掛かりな見せ場もあり、秀逸。
続く「大磯曲輪外」では大きく描かれた富士山を背景に、緋毛氈の床几に腰をおろす工藤祐経、
華やかな傾城・大磯の虎、化粧坂少将、喜瀬川亀鶴に、朝比奈三郎、秦野四郎国郷、茶道珍斎ら
が居並ぶ処へ、曽我五郎と曽我十郎がやってきて…という祝祭的な美しい舞台。
祐経の弥十郎丈は威厳あって適役。曽我兄弟は十郎が千之助丈、五郎が染五郎丈と若いふたり
で花のような美しさ。大磯の虎は米吉丈の可憐な女形ぶりで上々。朝比奈の亀鶴丈がきりりと
締めて、一幅の絵のように収まった。取り立てて筋書きのない舞台だが、歌舞伎らしい一幕で
★★★☆☆、めでたく★3.5。
二幕目は大曲「京鹿子娘道成寺」。菊之助丈渾身の舞踊で嫋々と美しい。道成寺物の緊張もあ
り、きりりと引き締まった舞台で上々吉。途中、「手ぬぐい巻」で会場が湧くなど★★★★☆、
魅惑の★4。
最後は名作「沼津」。上方歌舞伎らしく、平作を鴈治郎丈、娘・お米を孝太郎丈、十兵衛を扇
雀丈で固め、池添孫八を幸四郎丈が付き合っての見ごたえある舞台。最近老け役の多い鴈治郎
丈はニンにあってまずまず。欲を言えばもう少し痩せて欲しい処。孝太郎丈は人妻らしい風情
で上々。扇雀丈は亡父・藤十郎丈ほどの上方らしさがないのは残念だが、男前ぶりや親思いの
姿はなかなかの出来。ほぼこの三人の芝居なので、池添孫八の幸四郎丈は目立たず、損なお役
だったかも。
お約束の一階客席一巡りで、客席はにぎやかに盛り上がり、その後は一気に深刻な現実に突き
進み、最後はたっぷりの愁嘆場で終わるが、親子の情愛の深さがしみとおる。★★★★☆、
地味ながら★ほぼ4。
今回の「七月大歌舞伎」は昼・夜とも良く、大満足の観劇になった。やはり生の舞台はいいも
のである。という訳で、引き続き8月も観劇に足を運ぶことにしたような次第である。
お次は「南座特別公演」ということで、玉三郎丈と愛之助丈との「牡丹灯籠」の観劇。こちら
ももちろん、母とふたりでの揃い踏みである。
今年、玉三郎丈と愛之助丈のペアはこれで三回目。こなれてきたこともあり、また今回は庶民
の貧乏夫婦という役柄のせいか、不釣り合いさはほぼ解消されて、まずは上々という処。今回
は「圓朝噺」ではなく、文学座でも演じられたという「大西信行本」での上演とのことで、怪
談味は薄く、その分「生きている人間の怖さ」に焦点が当たっている。
大筋「圓朝噺」と同様だが、「土手の場」での「お峰殺し」はなく、関口屋内での夫婦喧嘩の
末の「殺し」に変わっていて、どこまでも「世話物」の雰囲気たっぷりの「新版・牡丹灯籠」
である。
玉三郎丈のお峰は既に手に入ったお役で万全。最後の夫婦喧嘩では、心の丈をここぞとばかり
ぶちまける糟糠の妻を面白可笑しく、また哀れにも演じてみごと。対する愛之助丈は、どこか
ふらふらと定まらず、幽霊に丸め込まれて心ならずも恩人を見殺しにする手助けをし、幽霊か
らの百両を元手に始めた商売が軌道に乗ると、妻の寂しさを顧みることを忘れて、酌婦に溺れ、
遊びがバレた妻の小言に勢いあまって殺してしまう底の浅い夫を丹念に演じて、こちらも上々。
ほぼこのふたりの芝居だが、新三郎の喜多村緑郎丈の男前ぶりや、乳母・お米の吉弥丈の不気
味な妖しさ、妖婦・お国の河合雪之丞丈のあくどい色っぽさなど、脇もきっちり固めての舞台
は上出来。★★★★☆、貫禄の★4という処だろうか。
それにしても、この日の京都の暑さは格別で、外はまるで高温のオーブンの中のような高熱の
空気で、南座を出るなり、「怪談噺」のぞっとした雰囲気がふっ飛んでしまった。暑さゆえの
狂気もまたありかも、と思いつつの帰路であった。
続いて9月。こちらは「おけぴ」で見つけた二階席2列・3列2番縦並びの良席につい食指が
動き、千秋楽前日の23日にぎりぎり飛び込みでの「新・水滸伝」に母と出掛けた。
折しも、澤瀉屋は猿之助丈の醜聞で存亡の危機的状況だが、8月公演を何とかしのぎ切り、今
回は8月同様、中国四大奇書のひとつ「水滸伝」を下敷きに誕生した『新・水滸伝』を南座での
大舞台。エンターテインメント満載、息つく暇なしのスピード感あふれる展開で、東京・歌舞伎
座でも話題を呼んだが、猿之助丈を欠いての舞台にはやはり一抹の不安が観るこちらはありあり
である。
冒頭、團子丈演じる彭玘が、朗々と悪人を打ち取る旨の口説の後、隼人丈演じる林冲の立ち回り
が華々しい。林冲を一途に慕い、最後まで信じて死ぬ若人を團子丈が生き生きと演じて上々吉。
数多の罪に問われ、生きる目的を失う失意の林冲が酒に溺れながらも、梁山泊の仲間を救い、
高俅への憎しみに自分を取り戻してゆく様を丹念に演じる隼人丈が秀逸。大凧「飛龍」での宙乗
りも迫力満点で、二階席を堪能させていただいた。猿之助丈の事件の折り、力強いメッセージを
発していたが、以降、覚悟が定まったのか、一皮も二皮も向けた印象で頼もしい限り。今後の活
躍が本当に楽しみである。
梁山泊の頭・ 晁蓋演じる中車丈はどっしり腰の座った頭首ぶり。歌舞伎界に飛び込んでわずか
12年、真摯な努力を営々と積み重ねて、世話物や新作歌舞伎ではなくてはならない歌舞伎役者
に到達してみごと。姫虎(このネーミングはどうか)の笑三郎丈、悩める暗殺者・青華の笑也丈、
公孫勝の門之助丈と「二十一世紀歌舞伎組」の面々が脇を固めて手堅くなかなか。特に夜叉を演
じる壱太郎丈と山賊上がりの王英を演じる猿弥丈のコミカルな掛け合いは会場の笑いをさらって
大いに盛り上げた。
梁山泊の若者、李逵・張進を演じた福之助、歌之助兄弟もいきいき元気いっぱいで花を添え、何
よりずる賢い悪人・高俅を演じた浅野和之氏の上手さが、林冲との対比を際立たせてみごと。
舞台は荒山と崖(に見立てた鉄骨の橋と階段)のみだったが、ともかく衣装が華やかなのでちょ
うどよく、そこへ大音響の現代音楽やツケが入っての立ち回りは派手だが、きりりと引き締まっ
て息もつかせぬ迫力ぶり。猿之助丈の不在を感じさせないどころか、猿之助丈の登場するお役が
ないと思えるほどの圧巻の舞台で、★★★★☆、応援も込めて★4.5。
前回の南座観劇から一ヶ月、まだまだ残暑が続いてはいたが、8月の殺人的な酷暑はさすがに終
わっていて、ホッとしながら澤瀉屋の「熱い舞台」に明るい未来を思いを馳せた次第である。
さてさて、友人のお誘いで、團十郎丈の襲名を巡業公演でという話になり、10月25日に大阪フェ
スティバルホールへ出向くことになった。チケットの売り出しが平日だったため、やっとサイト
を開いてみれば、S席は完売、A席も空きがちらほらという有様。ともかく、一日のみの公演な
ので、頑張って探したみた処、2階最前列の57、58番をゲット。フェスは元々音楽ホールで広さ
が半端ない。歌舞伎観劇には少々つらいが、それでも中途半端に1階の後方よりはましかと友人
には謝り、午前中は業務をこなして、午後に待ち合わせたが、5分前の滑り込みセーフになった
次第。
口開けは歌舞伎舞踊「君が代 松竹梅」から。松の姫を児太郎丈、竹の君を廣松丈、梅の君を莟
玉丈と若い三人揃い踏みでのめでたい舞踊である。長唄の歌詞からは、松竹梅それぞれ女君らし
いが、今回は竹と梅は貴公子を当て、美しい祝祭的な趣きらしい。ゆったり緩やかな踊りでほの
ぼの美しい。襲名披露を寿ぎ、めでたく舞い納めて、★★★☆☆、★3という処かな。
続いては「口上」。先代團十郎丈と同い年で、子供同士も同い年という梅玉丈が身内のような親
しさで口上を述べ、團十郎丈が答えて、無事お開き。
30分の幕間の後、眼目の「毛抜」である。團十郎丈では初見。「歌舞伎十八番」中でもおおら
かな芝居で、その加減が難しい演目。先代團十郎丈は明るく、おおらかな久米寺弾正だったが、
さて、新團十郎丈はいかに、とドキドキで拝見したが、これがなかなかの出来で嬉しくなった。
先代の明るさ、おおらかさとはすこし性質が違うが、「実は切れ者」の切っ先がオブラートに
包まれて嫌みがない。口跡も先代よりすっきりとまとまって上々吉。
右團次丈の八剱玄蕃は悪人がよく似合い、きっぱりした口跡が心地よい。九團次丈の秦民部、
廣松丈の秦秀太郎はともにまずまず。児太郎丈の巻絹は若い腰元らしく愛らしく、場慣れ感が
なかなか。市蔵丈の小原万兵衛は野卑さと片棒担ぎの無責任さがうまい。莟玉丈の春道はいか
にも頼りない若君でまあ及第点かな。春風公の梅玉丈はどっしりとゆるぎない。ほぼ同年代の
菊五郎丈、白鷗丈ともに最近は体調不良気味、吉右衛門丈、先代團十郎丈は既に亡く、やや年
下の仁左衛門丈も体調に不安ありとベテラン勢も勢いがなくなりつつある中、一層頑張ってほ
しいものである。★★★★☆、安定の★4.5。
「毛抜」「助六」と観てきたが、「勧進帳」はぜひ観たいし(出来れば、弁慶と富樫をWで)、
「切られ与三」「暫」も観てみたい。今年の顔見世は「助六」「景清」「男伊達花廓」と新之
助丈の「外郎売」だが、「助六(揚巻に玉三郎丈と極上)」と「男伊達花廓」は観ているし、
値段(一等席25,000円、二等席12,000~10,000円)を考えても、なかなか食指が動かない。
最悪、来年「松竹座」もあるし、こちらは「あっと驚く演目を」との口上挨拶にもあったので、
そちらにしようかと思案中である。さてさて、どうしようかな。
という訳で、以上が今年7月、8月、9月、10月の「観劇お楽しみ編」である。團十郎丈の
襲名披露公演は来年10月の「松竹座」まで続くし、それ以外にも公演は多々ありそう。懐具合
に目を瞑っての観劇になりそうだが、やはり舞台は観てみたい。流行りの「推し活」もなかな
か大変と思う次第。