こんにちは すずこです。
ちょうど3か月前のこと。
無人ATMにお金をおろしに行くと
パネルの上に1万円札が置いてありました。
思わず上を見上げると
防犯カメラと目が合いました![]()
もちろんネコババするつもりはないけれど
反射的に「ドッキリ?」と。
放置するわけにもいかないので
インターホンで報告すると
「警察に届けてください」とのこと。
面倒だなあと思いつつ
警察に届けました。
そして3か月たって
1万円は晴れて
すずこのものになる・・・はず。
まだ取りに行ってないけれど![]()
でもこういうものは独り占めにせず
ラッキーのおすそわけとして
パッと使う。
年下のイキのいい女子を誘い
ランチはがっつり肉。
ふだんこういう店に来ないから
しっかり堪能しました。
前振りが長くなりましたが
そこで出た話。
知り合いの子供さんが
二人とも引きこもり状態だそうです。
でも二人ともいい子たちで
普通に家の中で過ごし、
家族みんなそれを受け入れ
仲良く暮らしているとのこと。
昔は「引きこもり」と言えば
部屋に閉じこもり
食事をドアの前に置くような
暗く深刻なイメージでした。
でも今は少し違います。
家族とは普通に会話し
家の中では普通に暮らしている。
たまには家族で出かけたりもする。
ただ
学校へ行かない。
仕事へ行かない。
外の社会との接点がない。
そんな「マイルド引きこもり」のような
人が増えている気がします。
実際にとても身近にも
複数います。
みんなぜんぜん普通の子たちなんですよ。
一人は仕事をやめて3年目ですが
家では
普通に暮らしている。
もう一人は大学には行かなくなったけれど
家族とは普通に過ごしている。
最初は親も心配して
説得して 励ましたり
時には叱ったりしたのだと思います。
でも長く続くうちに親も受け入れたのか
家庭の中で
刺激しない方が平和
という空気になっていく。
親も疲れる。
本人も動けない。
そうして問題は解決していないけれど
日常だけは成立していく。
実際私の目から見ても
「何で働かないんだろう。」
「家にいるなら家事くらい
させたらいいのに。」
「大人なら家を出したらいいのに。」
と思うこともあります。
でももし自分の子供だったら
本当に追い出せるのか。
外で生きていけるのか。
と思うと
親も簡単には動けないのでしょう。
でも一番怖いのは
その状態が長く続くこと。
実際に身近でもだんだん
触れてくれるなオーラを
出してくるようになり
こちらからは触れにくくなりました。
あるいは聞かれる前に
聞いてもいないのに
先に自虐的に話してこられたりして
こちらもどう返せばいいか
わからなくなることもあります。
今はきっと
親世代に経済的な余裕があり
実家にいれば飢えることもなく
ネットやスマホやゲームがあれば
退屈することもないのでしょう。
でも気楽そうに見えても
本人はしんどさを抱えていて
一番傷ついているのかもしれません。
他人の家庭のことには踏み込めませんが
若いうちの貴重な時間が過ぎていくのを見ると
なんとももったいない気になってしまう。
そういう我が家も長男が高等部のときに
学校に行けなくなった時期があり
どうにもならなかった。
まわりも気をつかっているのか
触れたらいけないと思っているのか
誰も何にも聞いてくれずに
孤独だった時期もありました。
見ないふりだけが正解かというと
そうとも限らない気もします。
普通にあいさつし
「〇〇ちゃん元気?」
くらいは自然に聞く。
存在を腫物扱いしない。
そんな普通の接し方が
案外大事なのかもしれません。
でも家族でもどうにもならない問題に
踏み込むのもちがう。
親なき後問題は
障害のある子を持つ家族にとって
大きなテーマですが
おおっぴらに語り合う機会があり
福祉につながっていれば何とかなるという
実感はあります。
でも社会の一般的なレールから外れて
まだ数年の人たちの家族にとっては
わかってはいるけれど
まだまだ漠然とした不安の中で
考えないようにしているのかもしれません。
そんな話をしながら
ふと自分の子供たちのことを思いました。
言いたいことなんて
本当はいろいろありますが
家を出て
自分で働いて自活している。
それだけでもう十分なのかもしれません。
昔はそれが当たり前だと思ってましたが
今は
普通に学校に行き
普通に働き
普通に社会とつながりながら生きること自体が
実は簡単ではない時代なのだと思います。
だからこそ
この年まで
普通に生きてきた、そして
これからも生きていけるだろう
と思えることが
本当にありがたいことなのだと
思いました。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。

