今週のもう一本!「コット、はじまりの夏」(22年) | プロレスライター新井宏の「映画とプロレスPARTⅡ」

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週刊プロレスモバイル連載「週モバロードショー~映画とプロレス~」延長戦!

9歳の女の子が家族を離れ、親戚の家で、ひと夏を過ごす。イタリアやフランスなどのヨーロッパにおける少年少女の夏の体験を描いた映画はこれまでに何本もあった。『コット、はじまりの家』も、ありきたりの設定と言えば、その通りだ。が、この作品が違うのは、アイルランドにおけるアイルランド語で会話がなされているという点。テレビやラジオから聞こえてくる音声は英語だが、この作品の登場人物たちはほとんどがアイルランド語を話している。というのも、首都ダブリンとは縁遠いであろう田舎が舞台。そこがかえって斬新なのだ。主人公の少女は大家族に生まれながらも、家庭不和はおろか、学校でも孤独を感じていた。そんな彼女の家にもうひとりのきょうだいが誕生しようとしている。両親は、なぜか彼女だけを親戚夫婦の家に預けてしまう。映画は、無口で人見知りの彼女の視点で描かれる。スクリーンサイズの幅が狭いのは、彼女がおかれた世界の狭さであり、車内から見上げる空の光景も、彼女目線の世界である。そんな彼女を親戚夫婦は、叔母と叔父で接し方こそ違えど、愛情を持って迎え入れる。そして彼女は次第に心を開いていき、夫婦の負った心の傷も共有することになるのである。アイルランドの夏は短い。そんな短い夏に吹くそよ風に揺れる葉や、差し込む日差しの優しさが、この映画のもうひとりの主役だろう。そしてやってきた別れの日、少女にも親戚夫婦にも忘れることのできないひと夏の出来事。全編にわたり、静かに、それでいて心にささりまくる場面の連続だ。そして最後には、同じ言葉が二つの意味を持つ、感涙のラストシーンが待っている。

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