脱力系ルチャコメディ「ナチョ・リブレ 覆面の神様」 | プロレスライター新井宏の「映画とプロレスPARTⅡ」

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故シルバー・キングが敵役ルチャドールとしてバツグンの存在感を示した『ナチョ・リブレ 覆面の神様』(06年)は、コメディ俳優ジャック・ブラックの世界的人気を決定的にしたなかの一本だ。69年、アメリカ・カリフォルニア州サンタモニカで生まれたブラックは、俳優業と平行してコミカルなロックバンド、テネイシャスDを結成。これが大ブレイクし、冠番組も持つようになった。痛烈なジョーク、過激なパフォーマンスは本業にも波及し、小学校の教師が生徒たちにロック魂を叩き込む『スクール・オブ・ロック』(03年)が全米ナンバーワンヒットを記録。同作の主演ブラックと脚本のマイク・ホワイトが再びタッグを組み、脱力系コメディの名(迷)作『ナポレオン・ダイナマイト』(04年=元邦題が悪名高き『バス男』)のジャレッド・ヘス監督を迎え製作されたのが、ルチャリブレの世界を舞台にした『ナチョ・リブレ 覆面の神様』だったのである。

幼い頃に両親を亡くし修道院で育てられた“ナチョ”イグナシオ(ブラック)は、その修道院の料理係として働いているが、失敗も多く満たされない生活がつづいている。彼は子どもの頃からルチャリブレにあこがれており、修道院ではルチャが禁止されながらも、いつかはルチャドールになりたいと思っている。イグナシオはルチャの会場、アレナ・オアハカを通りかかった際に偶然、超大物ルチャドール、ラムセスの会場入りを目撃。高級スーツに身を包みファンにもみくちゃにされるラムセスに羨望の目差しを送るナチョ。修道院に新しくやってきたシスター・エンカルナシオンに一目惚れしていた時期も重なって、ナチョはやる気にめざめ、心機一転ルチャドールを目指すことを決意する。

しかし、どこか抜けているナチョだけに、なぜか路上生活者で泥棒のやせっぽち男スティーブンとのタッグを結成。賞金目当てについてきた“ヤセ”とともに、野外会場での新人タッグトーナメントに出場する。

映画ではさまざまなホンモノが参戦し、ルチャの説得力を持たせている。シルバー・キングのほか、ヒューマン・トルネード、マスカリータ・ドラダ、カバジェーロ・デ・ラ・ムエルテ、エル・パンディータ、ダリア・ネグラらがレスラー役で参戦。決して大物ではないが、このキャスティングがかえってローカルの味わいを際立たせてくれるのだ。さらに、クライマックスではホンモノのリングアナウンサーも出演。こちらはかつてのCMLLでおなじみの声で、ビッグマッチ感の演出に一役買っている。

だらしない体型、無意味な特訓、リングに上がれば連戦連敗のナチョ&ヤセ。それでも客受けはよく、内容のおもしろさからプロモーターから声がかかりつづける。やがて憧れのルチャドールが想像していた人間と違っていたと思い知ったナチョは、強くなりたいとの思い以上に、孤児院の子どもたちの生活向上のため、バトルロイヤルからラムセスとの直接対決への道を進むこととなる。果たしてナチョは、バスを買って遠足に連れていくという子どもたちとの約束を果たすことはできるのか、シスターとの恋の行方は?

トホホギャグのつるべ打ちでありながら、ストーリーそのものは日本の劇画「タイガーマスク」に近い。それもそのはず、ナチョのキャラクターは孤児院を運営する神父とルチャドールという、二足のわらじを履く“暴風神父”フライ・トルメンタをモチーフにしているからだ。ちなみに、メキシコで大ブームを巻き起こしたミスティコ(初代)がデビューしたとき、このトルメンタが引き合いに出されている。

試合の決着に疑問はあるものの、そこはコメディとして笑ってごまかせ。プロレス映画を代表する一本であることに異論はないだろう。ミッキー・ローク主演『レスラー』(08年)がシリアスな人間ドラマの大傑作なら、それと対極に位置する脱力系コメディの怪作が、この『ナチョ・リブレ 覆面の神様』だ。