『兜王ビートル』は中川翔子、斎藤工、そしてビル・ロビンソンまで出演する幻の珍品! | プロレスライター新井宏の「映画とプロレスPARTⅡ」

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『日本以外全部沈没』(06年)『地球防衛未亡人』(14年)など、タイトルだけでも楽しいバカ映画の巨匠が河崎実監督である。河崎監督の作品にはプロレスを題材、プロレスラーが出演するものも多く、『いかレスラー』(04年)『大怪獣モノ』(16年)がその代表格だ。一方で、大阪プロレスの協力により2005年に製作された『兜王ビートル』は、いまでは、たぶん、ほとんど忘れられた珍品中の珍品である。

主演は大阪プロレスのプロレスラー、兜王ビートル。南条隼人からミラクルマン、ミラクルマンから兜王ビートルへの変身だ。クレジットにも兜王ビートル役は「兜王ビートル」となっており、当時リングに上がっていたプロレスラー、兜王ビートルが兜王ビートルをそのまま演じているのだ。

 きっかけは、大阪プロレスに新しいヒーローレスラーを誕生させようという計画だった。それも日本の漫画界を代表する巨匠、永井豪先生デザインによる新キャラクターである。その名は兜王ビートル。では誰を兜王ビートルに変身させるかとなったとき、白羽の矢を立てられたのが、“大阪に奇跡を呼ぶ男”ミラクルマンだったのだ。

「当時のボクは飛んだりとか、キックとかを主にしていたんで、スタイル的に合うんじゃないかってことで、ボクに話がきたんですね。それでそのまま引き受けたんです」

 もともとヒーローキャラのプロレスをしていただけに、マイナーチェンジ的に移行できたということなのだろう。しばらくすると、映画化の話が舞い込んでくる。これも意外とすんなり入っていけたとミラクルマン。というのも、そこには驚きの過去があったのだ。

「実はボク、小学校、中学校と劇団にいたんですね(笑)。だから表に出てどうこうという部分では、そんなに正直プロレスと変わらないと思ってたので、とくに緊張とかはなかったんです。だけどまあ、劇団にいたなんて、そんなものなんの武器にもならなかったですけどね(笑)。実際のところクソ大根役者だと思いますけど(笑)」

 プロとしては演技初経験も同然だったビートル。とはいえプロレス場面ではビートルの動きを求められていたのだから、なんら問題はなかった。むしろ、自分のアイデアで試合シーンの撮影にも関わった。

「殺陣の方がいて、(アクションの振り付けを)こうこうやると言われていたんですけど、ちょっと意見させてもらって、もうちょっとプロレス的にさせていただいたりしましたね。なので、わりかしやりやすかったです。当時のボクのミラクルマンの動きほぼそのままやればよかったので」

とはいえ、ドラマの部分ではやはり勝手が違う。そこには戸惑いもあったという。

「監督は優しいというか、口癖かと思うくらい、『ハイオーケー』、『ハイオーケー』の連続だったんですよ。こんな演技でオーケーなのかな?と思いながらやってましたね」

映画はハッキリ言ってバカ映画である。だからビートルのビミョーな台詞回しがかえってこの手の作品には生きてくる。これもまた、監督の狙いだったのではないか。

「でも、ホントに大事な場面での芝居は、けっこう厳しめに言われましたね。これダメだったらアフレコにするってことも言われてました。そうなったら恥ずかしいですからね。まあなんとか頑張って、自分の声がそのまま使ってもらえることになったんでよかったです」

これはビートルのためのビートル映画だが、ビートル主演作で共演した俳優を聞けば、驚くこと必至である。新米プロレス記者の恋人役に、しょこたんこと中川翔子。ライバルのクワガタレスラー、破壊王ディザスターには斎藤工。映画監督としても活躍する斎藤工の初期作品で、彼は着ぐるみ姿でビートルと闘うのだから貴重である。ビートルの記憶によれば、「(試合シーンも)スタントではなく、本人がやっていたと思いますよ」

さらに、ヒロインの中川翔子とは…「キスシーンもあったんですよね。まあ、当然ですけど後ろから重なって見えるように撮ってます。実はその真横にマネジャーがいて、腕組みしながら恐い顔して『絶対ホンマに(キス)するなよ』って感じで圧力かけてました。こっちは、せえへんがな、と思いながらやってましたね(笑)。それにしても共演が斎藤工、中川翔子で主演はボクというのが、なんじゃこれって感じですね。置いてけぼり感がすごいです(笑)。しかも中川翔子、斎藤工には黒歴史になってるんじゃないかと(笑)」

 歴史という意味では、プロレス史に名を刻む超大物が出演していることもあまり知られていない。しかも日本人ではなく外国人の名レスラー。それはかつてアントニオ猪木と名勝負を展開、全日本プロレスでも活躍したイギリスのレジェンド、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの伝道師ビル・ロビンソンだ。

ロビンソンは、しょこたんのアパートになぜか突然現れる。ロビンソン演じるのはビートルの師匠“人間竜巻”エル・ロビンソン。人間風車ならぬ人間竜巻ヒューマントルネードをビートルに伝授した伝説のレスラーだ。この技はロビンソンの代名詞であるダブルアームスープレックス同様、まずは相手をダブルアームの体勢にとらえる。人間風車はスープレックスで叩きつけるが、人間竜巻はグルグル回転、CGがその威力を見せつける。『デビルマン』や『マジンガーZ』オマージュもみられるこの作品では、ロビンソン・オマージュにも抜かりはなかった。

さらにまた、ロビンソンにはこんなセリフもある。「マスクマンなどのショーレスラーはリアルプロレスラーではない。本当のプロレスとは、60年代以前のヨーロッパのプロレスだ」。これはロビンソンのリアリティーに満ちた言葉でもある。ショーマンシップを嫌っていたロビンソンは、母国の道場で後進を指導しながらもプロ志望者にはプロ入りへのアドバイスを渋ったという。プロになりたい練習生たちは、シュートスタイルをロビンソンから学び、プロレスラーのテクニックをほかのジムで習得した者も多くいるのだ。ではなぜ、

(映画上で)ビートルはロビンソンに弟子入りできたのか。そこはぜひ、作品を観ていただきたい。また、ロビンソンにはブルース・リーかのようなセリフまで用意されている。ブルース・リーが『燃えよドラゴン』(73年)で「DON’T THINK,FEEL(考えるな、感じろ)」なら、ロビンソン先生は「THINK,THINK AGAIN(考えろ、よく考えろ)」と、ビートルに訴えるのだ。伝わったかどうかは、べつにして…。

写真提供:兜王ビートル