日本映画を変える僧侶の修行

 

「後に日本映画史を変える作品はどれか」と問われたとき、多くの人は日本アカデミー賞を受賞した作品や社会現象となった大ヒット作を挙げるだろう。しかし、その原点となる作品まで思い浮かべる人は意外と少ない。
1989年に公開された本作は、岡野玲子による人気漫画を実写映画化した作品である。
一見すると、寺の跡取り息子が禅寺で修行する青春コメディにすぎない。
ところが振り返ってみると、本作は日本映画界の大きな転換点となる才能が交差した、極めて重要な一本だった。

監督は周防正行。
後に『シコふんじゃった。』『Shall we ダンス?』で日本映画を代表する存在となるが、本作は彼の一般映画監督としての本格的な出発点でもある。
そして主演は本木雅弘。アイドルグループ・シブがき隊のメンバーとして絶大な人気を誇った彼が、「俳優・本木雅弘」として歩み始めた重要な作品でもあった。
さらに竹中直人との出会いも見逃せない。
後年、周防作品には欠かせない存在となる竹中直人が、本作でも強烈な個性を発揮している。
この一本から生まれた縁が、その後の日本映画史を彩る名作群へとつながっていくのである。

物語の主人公は、ロックバンドでボーカルを務める青年・陽平。
自由な音楽活動を楽しみ、恋人との未来を夢見ていた彼には、実は寺の跡取りという宿命があった。
寺を継ぐためには、厳しい禅寺で修行を積まなければならない。
髪を剃り、俗世との接触を断ち、規律に満ちた共同生活へ飛び込む陽平。
朝から晩まで続く座禅、作務、読経、そして上下関係の厳しい僧堂生活。
現代社会とはまったく異なる価値観の世界に戸惑いながらも、彼は少しずつその生活に馴染んでいく。
興味深いのは、本作が禅寺を神秘的にも宗教的にも描き過ぎていない点である。
もちろん修行は厳しい。しかし、その一方で修行僧同士の悪ふざけや失敗、人間臭いやり取りが随所に盛り込まれている。
笑いがある。嫉妬もある。見栄もある。
つまり、僧侶も一人の人間なのである。
宗教映画というより、青春映画として成立している理由がここにある。

この「笑いながら異文化を理解させる」という演出こそ、後の周防作品に共通する大きな特徴でもある。
『シコふんじゃった。』では相撲部。『Shall we ダンス?』では社交ダンス。
どちらも一般の人が詳しく知らない世界を舞台にしながら、その世界を決して特殊なものとして描かず、人間ドラマとユーモアを通して観客を自然と引き込んでいく。
その演出スタイルは、既に本作で完成され始めている。

主演の本木雅弘も実に魅力的だ。
公開当時、多くの観客はまだ「アイドル」のイメージを持っていたはずである。
しかし本作では、そのイメージを逆手に取りながら、青年らしい軽さと真面目さを絶妙なバランスで演じている。
寺では失敗ばかり。先輩には怒られる。恋人には会えない。
それでもどこか憎めず、応援したくなる。
この自然体の演技が、本木雅弘という俳優の可能性を一気に広げた。
その後、『シコふんじゃった。』『おくりびと』へと続く俳優人生を知る現在だからこそ、本作の価値はより大きく感じられる。

竹中直人の存在感も圧倒的だ。
後年のような強烈なハイテンションだけではない。
どこか嫌味でありながら愛嬌もある修行僧を演じ、本木雅弘との掛け合いだけでも十分に笑わせてくれる。
まだ現在ほど有名ではなかった時代だからこそ、その才能が画面いっぱいに溢れている。

鈴木保奈美も印象深い。
恋人を待ち続ける女性という役どころでありながら、単なるヒロインでは終わらない存在感を見せる。
修行という特殊な環境と、俗世で待つ恋人。
二つの世界を結ぶ存在として、作品全体を優しく包み込んでいる。

また、本作が公開された1989年という時代にも意味がある。
昭和が終わり平成が始まった、日本全体が新しい時代へ歩み始めた年だった。
映画界もまた、大きな転換期に差しかかっていた。
派手なアクションやアイドル映画だけではなく、「日本の日常文化」をエンターテインメントとして描く作品が求められ始めていたのである。
その流れを決定づけた監督の一人が周防正行だった。
そして、その出発点がこの作品だったと言っても決して大げさではない。
禅寺という閉ざされた空間を舞台にしながら、観客は不思議と窮屈さを感じない。
むしろ、人は環境ではなく考え方次第で人生を楽しめるのだという前向きな気持ちにさせられる。
厳しい修行も、仲間がいれば笑える。失敗しても成長できる。人生は少し肩の力を抜いた方がうまくいく。
そんなメッセージが、説教臭くなく自然に伝わってくる。

エンディングで流れるプリンセス プリンセスの「恋に落ちたら」がまた素晴らしい。
青春が終わる寂しさと、新しい人生が始まる希望。
その両方を包み込むように流れる主題歌が、観終えた後の余韻をより豊かなものにしている。
派手な事件が起こる映画ではない。
壮大なスペクタクルもない。
しかし、本作には人間を見つめる優しい眼差しと、日本映画の未来を切り開く才能が確かに息づいている。
現在の周防正行作品を愛する人、本木雅弘という俳優に魅了された人、その原点を知りたい映画ファンにとって、本作は単なる青春コメディではない。
日本映画史において、一つの時代が静かに始まった瞬間を記録した、かけがえのない一本なのである。

 

 

 

【1989年/日本】

【ジャンル】コメディ

【監督】周防正行 

【出演者】本木雅弘 鈴木保奈美 甲田益也子 竹中直人 田口浩正 他

【上映時間】1時間41分

【お勧め度(5点満点)】