運び屋

あらすじ/解説
巨匠クリント・イーストウッドが自身の監督作では10年ぶりに銀幕復帰を果たして主演を務め、87歳の老人がひとりで大量のコカインを運んでいたという実際の報道記事をもとに、長年にわたり麻薬の運び屋をしていた孤独な老人の姿を描いたドラマ。家族をないがしろに仕事一筋で生きてきたアール・ストーンだったが、いまは金もなく、孤独な90歳の老人になっていた。商売に失敗して自宅も差し押さえられて途方に暮れていたとき、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられたアールは、簡単な仕事だと思って依頼を引き受けたが、実はその仕事は、メキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だった。脚本は「グラン・トリノ」のニック・シェンク。イーストウッドは「人生の特等席」以来6年ぶり、自身の監督作では「グラン・トリノ」以来10年ぶりに俳優として出演も果たした。共演は、アールを追い込んでいく麻薬捜査官役で「アメリカン・スナイパー」のブラッドリー・クーパーのほか、ローレンス・フィッシュバーン、アンディ・ガルシアら実力派が集結。イーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドも出演している。



★4.3/5



麻薬の運び屋映画史上のユルさ。時にサスペンスで時にハートウォーミング。いくつになってもイーストウッドは味わい深い。



監督は巨匠中の巨匠、クリントイーストウッド。数々の名作を監督し出演し映画を語る上では欠かせない超重要人物にちがいない。

予告からはハードな話ししか想像できないが、蓋を開ければオフビートなコメディ映画のような印象を受ける。

冒頭からデイリリーの品評会で婦人達に「美人コンテストは3Fですよ。」なんてジョークを飛ばす、いつもと違う渋くないイーストウッド爺さんのお調子者な姿にガクッと崩れ落ちそうになる。

インターネットや携帯電話には否定的で、差別用語を悪気なく使う姿は『グラントリノ』のコワルスキーと重なるけど、今作の主人公アールはコワルスキーと違って周りに愛想振りまいて、物腰も柔らかい、愛されキャラ。しかも、愛嬌ある性格も相まって麻薬カルテルと何だかんだで上手く渡り合ったり、そのコミュ力の高さに気づいてないマイペースっぷりや、麻薬を運んで稼いだ金で車を買い換えたり、友達に大盤振る舞いしたり、笑えるシーンがけっこうあった。

カルテルの屋敷で女2人とよろしくやって『心臓が〜、医者を呼んでくれ〜』ってとこは特に笑えた。いや、イーストウッド88歳にもなって何やってんだよとw

しかし、その一方で自らのリアルライフを投影したとされる家族描写はハード。仕事に没頭するあまり家庭を犠牲にして家族との溝は深まるばかりだ。愛娘から毒を吐かれるシーンは娘役に実の娘をキャスティングした事で生々しさがあって良かった。


家庭の為に働けば、家族サービスが疎かになる、かと言って仕事も疎かにできない、というジレンマは働いてる人であれば誰もが共感できる所だろう。『いくら働いてもお金は時間で買えない』という定番なセリフもアールの奥さんとアールの会話シーンを観た後だとグッとくる。

これまで交わる事なかったDEA捜査官コリンと運び屋のアールが、ダイナーで会話を交わすシーンは普遍的でありながら、何か起こりそうな予感をさせハラハラするし、捜査官役のコリンを演じたブラッドリークーパーの目の演技なんかはリアリティがあって良かった。マイケルペーニャも捜査官役で出演してるけど、いつものコメディアンな演技は抑えめ、これはこれで良いけど、やっぱ期待してただけに残念。


他にも、アールが道中で警察犬を連れた警官に職務質問されたり、カルテルに銃を突きつけられたり、淡々とした静かな展開が目立つ中にもサスペンスがバランスよく落とし込まれていて観客を飽きさせない。流石イーストウッド!


ラストは黄泉の国説が浮上するくらい、ふんわりとした終わり方だったけど、イーストウッド映画でファンタジーオチはないだろうと思う。

今作は実話という事で、どこまでリアルなのか知りたくて調べると、"逮捕される時は最後まで悪足掻き""裁判所ではハワイアンパパイアに50万ドル払うから逮捕だけは勘弁して欲しいと意味不明な事を言う""妻とは離婚せずに死ぬまで結婚していた"などなど脚色がけっこうされてるんですよね。

だからと言って作品自体に不自然さはなく、逆に説得力があったから文句はないけど、なぜ主人公の名前をレオ・シャープじゃなくてアール・ストーンにしたんだろう。

心なしか、劇場の客層の年齢は高かったです。杖をついた人、手押し車押してる人、頻尿の人、たぶんクリントイースウッドの映画を観て育った人達なんだろう。劇中に出てくるクリントイースウッドは88歳なだけあって見た目は完璧に老人なわけだが、時折みせる鋭い眼光は『荒野の用心棒』から変わらず痺れる。イーストウッドの魅力は老若男女問わないのだ。


それにしても伝説の運び屋が90歳の爺さんだったと知った時はDEAもびっくりしただろうなぁ〜。