自分の覚え書きとして、ひとり言として…


昨日の朝、出勤時に突然思ったこと。


いつも通り鈴鹿山脈を目にしながら

運転していたら、

急に頭に浮かんできた事が…


「山は人間が山と名前をつけたから

私達は山と認識している。

でもその前はどうだったのだろう…」

「空も同じ。空と呼んでいるから空になった。名前をつけてなかったら

どうなっていたのだろう…」


という変な内容でした。

突然、何?って感じ…


そこで感じたのは…

山や空と名前をつける前、

遠い昔はそれらも私達と同じものとして

ただ共にある、同じ空間にある

という捉え方ではなかったのだろうか。


それを人間が名前をつけて

人間に都合が良いように変化させて

人間中心の世界になってきた。

ものを物としてしか考えなくなって

人間が支配する世界になった。


昔々は

山も空も木々も人間も全く同じだったのに。

ただそこにあるもの同士だったのに。


だから、

自然を大切にしようとかという

直接的な事ではなく

(もちろんそれも大切なことですが…)


なんと言うか

それらに思いを馳せるというか、

共にいてくれてありがとうというか、

周りのものが私達人間のためにいるという感じになってくれてありがとうというか、


自分でもよくわからないけれど

急にそんな気持ちになりました。


そう、

勝手にそこに存在するというよりも、

共にいてくれて

ありがとう、嬉しい、心強い、安心する…

という感覚。

そして私達は

生かされているということ。


朝の10分程の通勤中の出来事。

頭で考えたというよりは

感覚で感じたという出来事。


行き着くところは、感謝ですねハート


どうしてこんな事を思うようになったのだろうと時々不思議に感じます。

私は何処に向かっているのでしょうか?(笑)


この流れにただ委ねるだけです照れ





少し前のある日の空キラキラ