絵に描いた人生

いくら画家と言えども、人生は絵に描いたようにはいかないものだ。
アトリエの大きな窓から差し込む光は、以前は彼女にとってインスピレーションの源だった。鮮やかな色彩を連れてくる光。だが、四十を過ぎた頃から、その光さえもどこか色褪せて見え始めた。筆は思うように進まなくなり、キャンバスは白いまま、彼女を拒絶しているかのようだ。かつては、奔放で力強い色彩で人を魅了した彼女の絵も、いまはどこか曇りがちで、魂の輝きを失っている。
パレットの上で絵具を混ぜる。赤、青、黄色――純粋な色を求めれば求めるほど、混ぜれば混ぜるほど、色は深く濁っていく。それはまるで、彼女自身の心象風景のようだった。あの頃の、湧き上がるような情熱の源泉が、いまや枯れ果てた泉の底にある泥水のように感じられた。キャンバスの上で立ちすくむ自分の影を見ているようだった。
「どうしてなの、こんなはずではなかったのに」
かつては、アトリエにひっきりなしに訪れた画商や熱心なコレクターたち。彼らの熱い視線と賞賛の言葉が、彼女の制作意欲を掻き立てた。しかし、いまは違う。依頼は減り、電話が鳴ることも稀になった。郵便受けには、毎年楽しみにしていた大きな展覧会の招待状も届かない。代わりに届くのは、請求書の束ばかりだ。
生活は日々の糧を得るだけで精一杯になり、愛用していた高価な輸入の画材を買うことさえためらうようになった。新しいチューブの絵具を開けるとき、罪悪感にも似た感情が胸をよぎる。「これも描けない絵の無駄になるのではないか」と。
彼女は、長い間握りしめていた筆をそっと置いた。手のひらには、筆の軸の跡が深く残っている。彼女は立ち上がり、窓の外に広がる灰色の空を見上げる。季節はずれの冷たい雨が、アトリエのガラスを静かに叩いている。
才能とは、努力とは、運命とは何だったのだろう。あんなにも信じていた自分自身の表現が、いまはどこにも見当たらない。
絵に描いたような成功、富、名声。そんなものはないと、頭では理解している。わかっている。それでも、この孤独で不確かな現実から逃れるために、彼女は一枚の絵に救いを求めてしまうのだった。それは、まだ見ぬ、鮮やかで、自分を肯定してくれる理想の人生を、もう一度キャンバスに描き出すという、ほとんど信仰に近い行為だったのかもしれない。
彼女は深い息を吐き、もう一度パレットに手を伸ばす。濁った色の中から、光を探すように。