タイマンスの「抽象画」:内なる世界と表象の不確実性

 

リュック・タイマンス(Luc Tuymans)の21世紀以降の絵画は、詩的な「抽象画論」が説く「自らがその世界に生きる」という行為を、具象的なモチーフの解体という形で実現しています。

Luc Tuymans

 

タイマンスは、室内や写真、歴史的事件などのモチーフを扱いながらも、以下の手法で描かれた世界に自身が「入り込む」ことを試みています。

 

  • 具象の「曖昧化」: 淡い色彩、ぼかし、極端なリミングにより、具象的なモチーフを「曖昧な記憶の断片」へと変容させます。これは、モチーフの外的な要素(明確な形や物語)を超え、見る者の内面と響き合う、言葉の届かぬ奥底を探る行為です。
  • 「見ること」と「知ること」の断絶: タイマンスの絵画は、表象が部分的かつ主観的であることを示し、「意味」を独立した断片の集合として構築します。描き手が「感覚が開かれ、心が澄んだ瞬間」に受け取るような、不安定で混乱した記憶から生まれたかのような様相を呈します。

Luc Tuymans
 

この具象画を通じた抽象的な表現力の追求は、「画家のための画家」と称されるタイマンスの先達、ラウル・デ・カイザーが、日常のモチーフを最小限の要素に還元し、具象と抽象の境界線を探った試みと精神的に通じ合い影響しています。

タイマンスの作品は、「形なき世界」(記憶や情報、歴史の不確実性)を、色と線(淡いパレットと曖昧な筆致)に変えてゆく、現代における独自の「抽象画」の形を提示していると言えます。

 

ラウル・デ・カイザー (Raoul de Keyser)