ある日、私は、静かに玄関のドアを塩で拭いた。

 

何のために?と聞かれたら、
きっと答えられない。

 

でも、ある人に玄関のドアノブに、
ある人の最後の断ち切るような思いが感じられる、
と言われたから・・・

 

でもその瞬間、私は涙を流していた。

そこには、**“あの人の最後の思い”**が、
今も静かに立ち止まっているような気がしたから。


あの人が、私の家から出て行ったあの日。

あの人は、何も言わずに、
いつもより少しだけ強引に距離を縮めてこようとした。

 

でも私は、心がふさがっていて、それを受けとることができなかった。

あのとき私は、ほんの一瞬、“愛を跳ね返してしまった”自分を感じた。

それが、最後の背中になった。

 

何度も、何度も自分を責めた。
優しくできなかったことを、
ちゃんと目を見て送り出せなかったことを。

でも、それでもなお。


あの人は、私の心を閉じそうになったある夜、
夜中の3時に──
玄関のチャイムを鳴らした。

私が見に行ったときには、もちろん誰もいなかった。

 

でも、私はわかった。
あの人の魂が、「まだここにいる」と、私に知らせてくれたんだって。

あれは、“さようなら”ではなかった。
“これで終わりじゃないよ”という、最後の伝言だった。


そして今日、
その玄関のドアを塩で優しく拭きながら、
私は、あの人にこう言った。

「ここまで来てくれてありがとう。
もう、私は歩き始めるよ。
あなたの思い、確かに受け取ったから。」

 

その瞬間、ずっと貼りついていた胸の奥の“硬さ”が、ふっとほどけた。

私は、ようやく「玄関の音」を見送ることができたんだと思う。

 

あの日の沈黙も、
あの夜中のチャイムも、
今日の塩の感触も、

 

ぜんぶ、ひとつながりの“愛”だったんだって・・・