今朝、瞑想の中で、創造主に尋ねた。
「私はまだ、これからも“拒絶”を味わい、そこから学ばないといけないのですか?」
もう拒絶は十分すぎるほど味わってきたからだった。

すると、返ってきたのは、こんな言葉だった。

「お前はもう知っているはずだ。
相手が拒絶してきたとしても、それが本当に“拒絶”なのかどうかを。
そして、たとえ拒絶だったとしても、
その相手を“愛で見る”ことが、もうできるはずだ。」


そのとき私は、ああ……と、少しだけ力が抜けるような感覚になった。
拒絶を恐れていたのは、きっと、過去の私。
でも今の私は、その痛みの向こう側にある何かを、もう知っている。
たとえ一瞬、痛みを感じたとしても、
その人を、まるごと否定せずに見つめる自分が、ちゃんといる気がした。

そして、ふとイメージが浮かんできた。
体がなぜ、いろんなことを知っているのか?
それは……

「体が宇宙であり、宇宙が体だからだ」

言葉ではうまく説明できないけれど、
そのとき私の中では、ぜんぶが一本につながった気がした。
体に現れる感覚や反応は、ただの“不調”なんかじゃなくて、
私という宇宙が、何かを教えてくれているサイン。
それに気づいていくことが、
私の“ほんまの旅”のはじまりだったんだろうな……と、思った。

今日の朝の気づきが、
どこかで誰かの心にも、そっと届きますように。