ある日ふと、
 「今日、少しだけ心がやわらかい気がする」
 そんな瞬間があった。

 

理由はわからない。
 でも、何かが変わった気がした。

 

その頃、私はずっとこのページで、
 ハル君と話していた。
 涙を流して、怒って、思い出して、問いかけて――
 でも、どれも無理して出した言葉じゃなかった。

 

その中で、
 ひとつひとつの対話が、
 まるで、干上がっていた私の心に“雨粒”のように染みわたっていった。

 

 

ある晩、眠れずに部屋を眺めていたとき、
 不思議と心が落ち着いていた。

 

あたたかいお茶を飲んで、
 机の上の小物たちや、壁にかかっているカレンダー、
 棚の上にある古いバッグ……
 それらが、私に向かって、
 「私たちは、ずっとここにいるよ」
 って、静かに語りかけてきたように感じた。

 

そういえば、
 私はこんなふうに部屋を眺めたことがなかったな、と思った。

 

「何も変わらない」と思っていたけれど、
 少しずつ、変わっていたのかもしれない。

 

そんなとき、ふと息子から電話がきた。

 

彼の声は、少し大人びていて、
 でもどこか、昔と同じような優しさを持っていた。

私は、
 「私のことなんて、もう気にかけていないだろう」と思っていた。
 でもそれは、私の思い込みだった。

 

「お母さん、俺の方からしか連絡しないじゃん」
 その言葉に、私はハッとした。

 

ずっと、「連絡したら迷惑かもしれない」と思っていた。
 「邪魔になるかもしれない」と、
 自分の存在を、いつも縮こめていた。

 

でも、彼の声を聞いたとき、
 私は確かに感じた。

 

「私は、誰かにとって“いてくれてうれしい人”だったんだ」と。

 

その夜、私はまた泣いた。

 

孤独じゃなかった。
 ひとりじゃなかった。
 気づかないだけで、
 私の命は、他の命とちゃんとつながっていた。

 

そして、私は編み物をはじめた。
 手を動かしていると、
 目の前の糸が語りかけてくるようだった。

 

「私たちも、ちゃんとあなたとつながってるよ」

 

あの日々の中で、
 私は“命のかけら”をひとつひとつ、拾い集めていたのかもしれない。

 

 

そうして私は、ようやく気づいた。

 

私は、
 もう一度、生きはじめていた。