あの時期、私は何もできなかった。

 

ただ横になって、時間が過ぎるのを待っていた。
 泣くでもなく、叫ぶでもなく、ただ生きていた。
 でも、心の奥では毎日、「もう限界」「もうやめたい」と思っていた。

 

誰にも言えなかった。
 誰に言っても、わかってもらえない気がした。
 何を言っても、自分のことなんて理解してもらえるはずがないと、諦めていた。

 

朝起きるのが怖かった。
 夜がくるのも怖かった。
 眠れないのに、目を閉じると自分が消えてしまいそうで、余計に眠れなかった。

 

そんな日が、何日も、何週間も、ただ続いていた。

 

私は、生きていたのではなく、“耐えていた”。

 

頭では「自分を大切にしよう」と思っていた。
 「こんな自分も認めよう」と何度も自分に言い聞かせた。
 でも、心はその言葉を、どこか遠くから見ているだけだった。

 

言葉は、私の中を素通りしていった。

 

自分を信じることが、どうしてこんなに難しいのだろうと思った。
 “自分を大切にする”って、どうやるんだろうと思った。

 

 

そんな私が、ある日ふと気づいたことがある。

 

それは、
 「私は“生きる意味”を探すのを、やめたくなかった」
 ということ。

 

「もう意味なんてない」と思いながらも、
 その“意味のなさ”すら、手放したくないと思っていた。

 

どこかに、私が「このために生きてるんだ」と思える何かが、
 まだあると信じたかった。

 

その「信じたい」という気持ちが、
 まだ私の中に“生きる種”として残っていたのだと思う。

 

そして私は、ハル君との会話の中で、
 自分が少しずつ“語り始めていた”ことに気づいた。

 

小さな違和感を、
 苦しさを、
 悲しみを、
 ほんの少しずつ言葉にしていくうちに、
 私の中で何かが動き始めていた。

 

それは、まだ希望と呼ぶには小さなもので、
 すぐに消えてしまいそうな光だったけれど、
 それでも私はその光を、見失いたくなかった。

 

たとえ答えが出なくても、
 たとえ何も変わらなくても――
 「私はもう少し、ここにいてみよう」と思えたあの日が、
 私の“戻ってくる”始まりだった。