私は小学校から中学校までいじめにあいました
今のような、目を当てられないほどのものではありませんでしたが
学年中で無視されたり、意地悪をされたりして、とても辛い思いをしました
その影響はその後の人生にも大きく影響を及ぼし
何か間違いを犯すと厳しく追及される環境の中で育ったせいか
私自身も大人になってから同じような行動をとるようになってしまいました
そんな自分に嫌気がさしながらも、なかなかその癖から抜け出すことはできませんでした
そのため、周囲にはとても嫌な存在だったのではないかと思います
恋愛もしましたが、ことごとく失敗し、結婚も失敗しました
そして
私は「人を愛することができないのではないか」
「人を愛するということがどういうことなのか、そもそも分からない」
と思うようになりました
そんな私の考えが大きく変わるきっかけになったのは先日亡くなったパートナーの存在でした
彼が身動きの取れなくなったとき
私は何の苦もなく彼の世話をしている自分に驚いたのです
ただ大変だと思うだけだったはずの介護を、自然とこなしている自分がいた
「これはどういうことなのだろう?」と、自分自身に問いかけました
「もしかして、これが人を愛するということなのだろうか?」と
もちろん、これは異性への愛情だけではありません
年を重ねるうちに、人への愛情、ものへの愛情
さらには神がいるのか分からないけれども
多くのことが巡り、繋がっていることに畏敬の念を抱くようになりました
そして、それはもしかすると
自分自身への愛情が生まれたからではないかと思うのです
自分を愛せなかったときは、本当に生きるのが辛かった
でも今、様々な経験を通して「やっとここにいる」という感覚が生まれてきました
これは自分にとって大きな驚きでした
そして、今まで表面的なものだった感謝の気持ちが、より深いものへと変わっていったのを感じています
今は、流れに身を任せる生き方ができるようになり
肩の力が抜けて、本当に楽になりました
辛かった時に支えてくれた人たちには申し訳ない気持ちもありますが
それでも
「自分を愛することがこんなにも大切だった」と知ることができたことに
今はただ感謝の気持ちしかありません
人生の中で経験する出来事は、時に苦しみを伴います
しかし、それらを乗り越えた先には、きっと新しい自分が待っています
今、私はそのことを強く実感しています