放射能が漏れているから | 望創家、蜃気楼が如く

望創家、蜃気楼が如く

夢の引きこもり生活を目指し日々修行中

ひとの数だけ例外あり

「やりたくないことをやっている暇はない」

放射能が漏れているから

僕は必死になって 畑にいた父に言った


放射能が漏れる?

お前 放射能は漏れないぞ?

それを言うなら 放射性物質か 放射線が漏れていると言え

父は僕にそう言うと 再び鍬で土と対話を始めた


お前が心配してくれるのは素直に嬉しい

そして 儂がここにいることで お前に迷惑を掛けているのも判る

しかしな 儂はここで生まれ 育ち この家が 生きる場所なんだよ

その お前が言う 飛散している放射性物質が 

仮に この近辺を荒らしているとしても

儂は 死ぬなら ここで死にたい

父の視線は 鍬の先に注がれていた

僕は 土に埋もれる 父の立派な裸足の先を見ていた

それは 最早足なのか土なのか判らなかった


父さん その放射線で被曝したら 癌になるかもしれないんだぞ

もしかしたら 死ぬかもしれないんだぞ

僕は 父の口が閉じている隙に 本来の目的を遂行するべく言った


その放射線も 今はまだ微量なんじゃろ?

その微量な放射線量なら 儂はかえって健康にいられるかもな

ほら 例の 放射線によるホルミシス効果ってやつだよ

父の口元の皺は際立ちを見せ そこから笑みがこぼれた


何言ってるんだよ

とうとうボケが始まったのか?

父の反応が 見えない何かに怯えていた僕を 更に怖がらせた


じゃ 何か お前

放射線技師の仕事や その他の放射線による効果で有名な温泉なども

この世から危険分子として 捨てろと言いたいのか

そうしたら 一体全体 放射線障害で亡くなる数と どっちが多くなる?

儂がこう言えば 反論する人もおるじゃろ

それでいいんだよ あぁ言えば こう言う

物事の均等性を図るには そういった両方の力が必要なんだよ

この家が 立派に建っていられるようにな

いつのまにか僕は 父と立場が逆になりつつあった

僕の知らない何かを 父は知っていた


儂はお前より長生きしとる分 たくさんの心配も不安もあった

しかし それも儂の土台を形成する一部なんじゃよ

その上に儂が成り立っている

その昔 よその国での核実験があり 同じように放射線被害があった

しかし 当時は そこまで騒いでなかった

ま 儂らの無知もあったんじゃろうの

父は いつのまにか 僕を見ながら話していた


今の僕は 父さんに何言っても無駄なんだね

僕は ポケットに入っている器械をいじりながら言った


放射線障害による死が先か 寿命による死が先かは判らぬが

儂の歳で よその土地に行ったら 

慣れるまでの労力で寿命が縮まるのは判る

都会の無機質な音を聴きながら生活するより

この虫や風の音 この新緑に癒され 婆さんを感じながら眠りたい

父の逞しい手に反し その瞳は優しく潤っていた

父の言葉が 僕の心に染み渡っていった


判ったよ 父さん

でも約束して欲しい

何かがあるなと思ったら その前に連絡して欲しい

今の父さんなら それが判るだろ?

僕は少々難儀なお願いをしていた自分に 滑稽さを感じていた


判った ありがとう すまんな

年寄りの 最期の我儘だと思ってくれ

畑仕事は 今までの半分の時間にするから

父は帽子を取り 車に向かう僕に言った


約束だよ

僕は 己の半ば安心した気持ちを感じ

これでよかったんだよ と自身に言い聞かせ

別れの言葉を言った


ルームミラーの父は 徐々に小さくなっていった

父のためにと思い購入した高額な器械を

ポケットから取り出し 静かに助手席に置いた

この器械を買うことにより

僕は何かの安心と 父への想いを成就させたかったのか

結局は そんな自分のために 買ったのか

僕は自嘲気味なその笑顔を 故郷にそっと残し

家族の待つ家を目指した