人物紹介 ボディビルダー・マッスル北村 | Mouse unit's Blog

人物紹介 ボディビルダー・マッスル北村

今回の記事はややマイナーなジャンルであるボディビルから
ボディビルダーのマッスル北村(本名:北村克己)を紹介していこうと思います

マッスル北村についての人物像やその概要はWikipediaニコニコ大百科を閲覧すれば把握しやすいので
ここでは簡単に説明する程度にしますが、一言で言えば日本史上最高と言われるバルク(筋肉の大きさ)を持ち
何よりもボディビルを第一に考えた生活を送った人物です

さらには東京大学や東京医科歯科大医学部に合格する頭脳を持ち
文武両道が当てはまる人物であると言えます


【マッスル北村 トレーニング風景】

マッスル北村は厳しいトレーニングを行う人物としても有名で
特に1985年のアジア選手権の減量・トレーニングのエピソードを以下にWikipediaから転載します

――――――――
彼の経歴の中でも最も語り草となっているのが、1985年アジア選手権における凄まじい減量である。
8月11日の実業団選手権に優勝した直後、急遽アジア選手権のオファーが入る。
チャンスとばかりに二つ返事で了承したはいいが、あと4日しかなく、コンテスト直後で身体は疲弊しきっている状態であった。
「この状態で出ても結果は知れているので、少し好きな物を食べて筋肉に張りを持たせよう」と考え、食べ始めたが最後、コンテスト直後の食欲は凄まじく
コントロールできないまま食べ続けた結果、わずか2日で85kgから98kgへ太ってしまう。

普通の人間は棄権するところだが、ここで彼は一か八かの賭けに出る。
電車を乗り継いで山奥まで行き、そこから自宅までの100㎞マラソンに挑戦する。
途中で足の爪がはがれ、シューズの中が血でグショグショになるほど悲惨な有様だったが、幸か不幸か爪の痛みのお陰で覚醒し、
気絶することなく計120kmを15時間かけて走り抜き、14kgの減量に成功。アジア選手権、ライトヘビー級のタイトルを手にする。
――――――――

また下の動画は過食期(身体を大きくするため食べる時期)から
9週間で身体を作り上げ、無駄な脂肪を極力絞ってコンテストへ向けた身体作りを表したもので
マッスル北村の過酷で負担の大きいトレーニングと己を律する精神が強く出たものです


【マッスル北村 9 weeks Transformation】

しかしこのような身体に負担のかかるトレーニングと筋肉を作り上げることを第一に考えた結果
この動画の数日後、低血糖そして急性心不全により亡くなりました、39歳でした
最後は餓死に近い状態となっていたと言われています

マッスル北村の過度なトレーニングやドーピング疑惑(実際ははめられた可能性大)など色々話はありますが
動画からも分かる通り人間性の素晴らしさ、そして一つのことを最大限に追い求めた意志と行動は尊敬に値します

皆さんには「知っているボディビルダーは?」との問いに
「マッスル北村」と自然と答えられるようになって頂ければ嬉しいです