タイムリミットは刻一刻とせまるなか・・・

もう修復は不可能なのでしょうか。


長い人生・・・この人と決めた相手と

もう戻れないのでしょうか・・・


何年経っても変わらないのは

私だけでしたか?


問いかけたい、問いかけても答えはなく

問いかけると離れそうで、怖くて


向かい合うことのできない日々。


自分がこんなにも弱かったことに驚き


しあわせだった日々を思い返し

涙する。泣き叫んでも取り返せない日々。


後悔しても遅い

かといってまだすくっと次へ向けて動けない


どこかでやり直せるかも・・・と期待する自分がいる。


問いかけても 問いかけても

返事がないと、期待してしまう。


こんな時までオプティミスト・・・

そんな自分にあきれ返り、笑ってみたりもする。

しばらく楽天的に考えてみよう。


彼とのこの状況はよりよい次へのステップとして

必要なものなのだと・・・

実は、田舎に住んでいたのですが、二年間そこから更に田舎へ

仕事の関係で単身赴任?していました。

また普通に田舎へ帰還できそうですが・・・・

肝心の同居人あらためご主人に心変わりが・・・

すべて私の不徳の致すところ。


どちらにしても引越しなので、本日は引越しの段取り&荷物の整理を

していました。これからネットで電気をとめたりだとか・・・

色々しないといけない。あ郵便もか。

でもまたすぐ引っ越すのかもしれないけどね。


いや、そうならないようにせねば。


本日はあれから一年・・・。そんな日に私は神の存在を確信する

出来事がありました。人生初の霊的体験・・・

そして目覚めたの目からうろこな感じ。


人生って不思議です。が、津波の映像を見ると心の傷がうずき

だします。直接体験したわけではないのですが・・・

シンパシーを感じるのかもしれません。心が痛い。


よって本日ほとんど映像をみていません。テレビもネットも

本日はこれを書いたくらいですね。

また引越し準備の続きをします。
「平成版 徒然草」-田舎な暮らしで思うこと-











お久ブログ。第二弾。何かことが起こるたびに

ここで文章化している気がしますが・・・

前回浮かれ気分で ひ・と・づ・まと書いたころが懐かしい。

今はバツイチと書く日が刻一刻と迫っています。

理由がよくわからない。それが一番こまる。理由がわかれば次どうしたらいいか

わかるのですが、原因がわからんことには対処のしようがない。

理由が理解できないんですね。だからいつもの癖で書物にすがる。

活字にすがってしまう。



「平成版 徒然草」-田舎な暮らしで思うこと-

山本文緒さんの著書より

 ああ運命だ。逃れられないのだ。どんな人でも衣食住がとりあえず足りれば次は

人から”自分”というものを認めてもらいたくなるものなのだ。

 仕事で、趣味で、他愛のないお喋りの中で、人は自分を表現する。どんなに無口で

おとなしい人でも、やはり黙っていることで表現しているのだ。

 そして、自分というものを愛してほしいのだ。

好きになってほしいのだ。誰かに。自分以外の誰かに。

死んでしまう前に。

 人から愛されたいとか、好かれたい、という気持ちを、私は長いこと心のどこかで

恥じていた。

 私のような者が、人様から愛されたいなどと思うことは、ずうずうしいことなのだと

思っていた。

 でも、いくら否定したところで、諦めようとしたところで、その気持ちが色褪せる

ことはなかった。きっと老人と呼ばれる年になっても、死の間際にもその気持ちは

変わらないのだろうと思う。

 この情熱はなんなのだろう。

朝、目覚めた瞬間に思う。昼間、ふと仕事の手を止めて思う。夜、MTVを見ながら思う。

 誰かのことを思い切り好きになって、その誰かから思い切り好かれたいと。

・・・中略・・・

この哀しい欲求は、運命に違いない。

化粧で飾り、新しい服を着て、嘘の言葉を並べたてた私ではなく、

パジャマですっぴんの私を好きになってもらうには。

表現するのだ。本当の自分を。

言えなかった沢山の言葉の死骸のために。

叶えられない運命のために。             「かなえられない恋のために」あとがきより

もし、結婚を迷っている人がいたら、こう考えてほしいと私は思う。

その人のことを養ってあげようと思えるかどうか、よく考えてみてほしい。夫と妻が基本的に

平等であるのならば、夫が稼げなかったら妻が稼ぐしか道はないのだ。養ってもらうのはいいけど、

養ってあげたくはない。そう思うのなら、その結婚はやめたほうがいい。

                 「かなえられない恋のために」結婚を迷っているあなたへ より

大人になって一応経済的に自立し、恋愛をして結婚をして、しあわせでおなかがいっぱいという

時でさえ、私は頭のどこかで一人になりたいと思っていました。

バチが当たったというか、希望が叶ったというか、私は離婚し一人になりました。

これが二十年前なら大ごとだったのでしょうが、今時もう珍しくもない話です。

時分でも何故そこまで”一人きり”を望むのか、実はよくわかりません。分からないからこそ、

一人になってみたかったのだろうと思います。

                      「そして私は一人にになった」はじめに より

一人暮らしをはじめて、ますます家事が好きになった。・・・中略・・・

新婚のころはまあまあ人並みにかいがいしくやっていた家事も、あっという間に面倒くさくなった。

料理が下手でよく文句を言われたし、掃除も洗濯もアイロン掛けも必要に迫られてやったりは

したけれど、決して「楽しい」とは思わなかった。

 ところが一人暮らしをはじめてみたら、これがもう楽しくて仕方がないのだ。自分でも驚いて

しまった。思うにこれは義務じゃなくなったからなのだろう。

結婚している頃私は、家事なんて一人分も二人分も対して変わらないと思っていた。量的には確かに

そうかもしれない。選択は洗濯機がやるのだし、干す手間だってそんなには変わらない。掃除だって

一人で暮らそうと二人で暮らそうと同じ手間だと思っていた。

けれど一人になってみて気が付いた。一人分と二人分は大違いでなんである。

・・・中略・・・

一人で暮らすようになってからは、私は私の食べたいものしか作らなくなった。余ってもそれは好きなものだから

翌日食べても虚しくはない。料理する元気がない時は外食すればいい。私は普段の夕食はすごく軽くていいし、

三日に一度ぐらいは夕食そのものを抜きたいのに、人と暮らしている時それを押し通すのは難しかった。

 でも結婚したいた間に、できなかった料理も一通りできるようになったし、ブラウスやシャツにもきれいに

アイロンが掛けられるようになった。

 掃除だって、私以外の人が汚したものを掃除するのは何となく腹がたったけれど、私が汚したものを

私がきれいにするには別に腹はたたない。

 すごく利己的みたいだけれど、本当のことだから仕方ない。でも悪いのはいっしょに暮らしていた人では

なくて、一人分も二人分も手間は変わらないなんて格好つけた私なのだ。押しつけがましく人の好きなもの

ばかり作らず、自分の好きなものを作って食べればよかったのだ。掃除だって選択だって、がんがん文句を

言ってやってもらえばよかったのだ。

 でも、私は人に文句を言うのが嫌いだ。すごく悲しい気持ちになる。文句なんか言わずに暮らしていきたい。

そのためにも、一人はいい。自分には文句を言わないから。自分には厳しくも優しくも自由にできる。

・・・中略・・・

ある日、自分のためだけに作る料理に、虚しさを覚える日もくるのかもしれない。

                         「そして私は一人にになった」一月 より

ずっと一人でいると、自分の機嫌をとるのが上手くなる。

いつもいつも”何となく楽しいなあ”という気分でいたいのに、世の中を歩いていくと、たくさんの嫌なものが

頭の上から降ってくるのだ。

でもくだらないことに悩んでうじうじする時間が勿体ない。

体力を使ってでも、お金を使ってでも、私は私の”何となく楽しいなあ”を取り戻すことにしている。

                         「そして私は一人にになった」四月 より

ちょっとぐらい淋しくても、自由で気楽な毎日が続きますように。

                         「そして私は一人にになった」十二月 より

なんとなく、彼の言葉の中に、気楽ということも出ていたし、たしかに文句をいってはいたが

文句言うのも好きではなさそうでした。

私自身は料理は好きですし、彼の好みだけではなく、自分が食べておいしいと思ったものや

テレビや本から仕入れた情報を組み合わせてオリジナルを作ったり・・・楽しんでいたのですが

洗濯物は確かになんでおれが下着まで干すのと何度か言われた気がする。

ではそれを自分で洗って自分で干すようにしてみようと考えている自分がいます。

日々を思い返すと反省点も多々あったのですが・・・そんなに苦痛だったのか?

一人がいいと考えている人は案外多く・・・

いや私もそう思う日だってあります。が、やはり二人でと思います。

今だって二人でしたいことたくさんあります。

子どもを作ることは難しいかもしれません。それはごめんなさい。私が悪いです。

が、行きたいところは沢山あるし、(国内も海外も)

終の棲家がほしいですし、

畑も作りたい、海も見たい、

他愛もない話をしたい、

国家、世界を論じたい。

セッションもしたい。音楽、映画についてもっともっと

教えてほしい。

そのくらい結びついていたと思っていたのが自分だけだったのかと思うと

ひどく間抜けな自分がいることに気付きます。

そして、悲しい気持ちが拭えません。

どうなることやら、もし、人妻のままなら、ここに書いた事を肝に銘じて

一つずつ実現していきたい。

死ぬとき笑って死ねるように。二人でいい人生だったと陽だまりの中で過ごせるように。