新コーナーが始まりました。
「日本列島 名前の旅」
初回の今日は、「元木」さんを訪ねる。
驚いたのは、TVカメラマンの元木さんが登場したからだ。
現在67歳だそうで、お元気にされている様子が映り思わず安心して笑ってしまった。
おそらくだが、私ぐらいの世代のTVカメラマンなら彼の存在を知らない人はいないでしょう。
とにかく超有名カメラマンでした。
番組では元木カメラマンのカメラワークについて詳しく紹介されていましたが、
カメラを振り回して、あちこちアップで映しまくり、ズームをバンバンしまくるカメラワークなんです(笑)
当時、そんなカメラワークをした人はいなかったので、業界内では賛否両論だったと思います。
初めて元木さんのカメラの後ろでVTRのデッキを担いだときは、嬉しくて何が何だか分からなく
なったのを今でも鮮明に覚えています。
アグレッシヴで、テンションが高くて、フレンドリーで、とにかくユーモアを理解できるとても頭の良い方でした。
番組内で、テリーさんが元木さんについて「(彼のカメラワークは)天性のものでしょうね」と
おっしゃっていましたが、僕はそう思いませんでした。
カメラマンにとって、自分の右側の情報(カメラを担いでいる都合、カメラマンには右側の視覚情報が入りません)を音で判断するのですが、元木さんは先読みして待ち構えて、笑いのツボの瞬間にカメラを振っていました。決して勘でカメラワークをしてなかった思います。
カメラがリアクションしているから笑いが起こっていたのです。
芸人がつまらなくても、カメラワークで笑いを撮れたんです。
カメラマンでは無くてもはや演出家だったと思います。
元木さんは、当時高画質だと言われる最先端のカメラ「SONY BVP-30」に「BETACAM BVV-1」に、NP-1(バッテリー)じゃなくてBP-90のダブルを腰ベルトに巻いてロケしていました。
もっと画質のいいカメラはあったのですが、カメラヘッドとVTRがセパレートになってしまうのを嫌っていました。機動力を重視したスタイルだったんですね。
総重量は天文学的でしょう(笑)
それでも軽快なフットワークでお仕事をされていました。
時には、カメラの移動やセッティングに時間がかかった時にはタレントさんが元木さんのセッティングを見守って笑顔で待つのです。
「もっちゃん!OK?」と、 高田純次さんが言うと、笑顔とジェスチャーでOKを伝えたりしてました。
カメラマンが、タレントと同等だというのを認識した20歳の頃の想い出です。
その四年後くらいにカメラマンデビューをしました。
そのデビュー作の機材は、IKEGAMI HL-95にBVV-5にBP-95にCANON J-13にワイコンという
元木さんの上を行くメガトン級の装備でした。
その装備で、日本テレビの楽屋でぶん回しました(笑)
元木さんのことをちょっと意識してました(笑)
ただし、僕は元木さんみたいに逆ハンドじゃないですケドね♪
あれは、マネできない(笑)
「日本列島 名前の旅」
初回の今日は、「元木」さんを訪ねる。
驚いたのは、TVカメラマンの元木さんが登場したからだ。
現在67歳だそうで、お元気にされている様子が映り思わず安心して笑ってしまった。
おそらくだが、私ぐらいの世代のTVカメラマンなら彼の存在を知らない人はいないでしょう。
とにかく超有名カメラマンでした。
番組では元木カメラマンのカメラワークについて詳しく紹介されていましたが、
カメラを振り回して、あちこちアップで映しまくり、ズームをバンバンしまくるカメラワークなんです(笑)
当時、そんなカメラワークをした人はいなかったので、業界内では賛否両論だったと思います。
初めて元木さんのカメラの後ろでVTRのデッキを担いだときは、嬉しくて何が何だか分からなく
なったのを今でも鮮明に覚えています。
アグレッシヴで、テンションが高くて、フレンドリーで、とにかくユーモアを理解できるとても頭の良い方でした。
番組内で、テリーさんが元木さんについて「(彼のカメラワークは)天性のものでしょうね」と
おっしゃっていましたが、僕はそう思いませんでした。
カメラマンにとって、自分の右側の情報(カメラを担いでいる都合、カメラマンには右側の視覚情報が入りません)を音で判断するのですが、元木さんは先読みして待ち構えて、笑いのツボの瞬間にカメラを振っていました。決して勘でカメラワークをしてなかった思います。
カメラがリアクションしているから笑いが起こっていたのです。
芸人がつまらなくても、カメラワークで笑いを撮れたんです。
カメラマンでは無くてもはや演出家だったと思います。
元木さんは、当時高画質だと言われる最先端のカメラ「SONY BVP-30」に「BETACAM BVV-1」に、NP-1(バッテリー)じゃなくてBP-90のダブルを腰ベルトに巻いてロケしていました。
もっと画質のいいカメラはあったのですが、カメラヘッドとVTRがセパレートになってしまうのを嫌っていました。機動力を重視したスタイルだったんですね。
総重量は天文学的でしょう(笑)
それでも軽快なフットワークでお仕事をされていました。
時には、カメラの移動やセッティングに時間がかかった時にはタレントさんが元木さんのセッティングを見守って笑顔で待つのです。
「もっちゃん!OK?」と、 高田純次さんが言うと、笑顔とジェスチャーでOKを伝えたりしてました。
カメラマンが、タレントと同等だというのを認識した20歳の頃の想い出です。
その四年後くらいにカメラマンデビューをしました。
そのデビュー作の機材は、IKEGAMI HL-95にBVV-5にBP-95にCANON J-13にワイコンという
元木さんの上を行くメガトン級の装備でした。
その装備で、日本テレビの楽屋でぶん回しました(笑)
元木さんのことをちょっと意識してました(笑)
ただし、僕は元木さんみたいに逆ハンドじゃないですケドね♪
あれは、マネできない(笑)