2023年2月28日、権現岳で敗退した。


予兆はあった。出発の前日に吐いた。夜、走った後で気持ちが悪くなり、夕食に食べた焼肉を全部戻し、何もなくなった後も、水分を戻し続けた。


吐くだけ吐くとスッキリして寝て、翌日は普通に過ごしたのだが、夜、車で八ヶ岳に向かう高速の中で、一瞬、胃がキリリと痛んだ。


やばっ、と思ったが、痛みは一瞬で去った。お腹を冷やしたかな、と思い、小さいフリースの毛布を腹に当てて運転を続け、明け方、天女山の入り口に到着した。


お腹を冷やさないようにしながら、後部座席で寝た。起床は7時半。駐車場はいっぱいであった。準備をし、軽く体をほぐして出発。


8時半に天女山到着。



天の河原を過ぎて振り返ると富士山が顔を出していた。



南アルプスもしっかり顔を出している。絶好の登山日和。やや暑いくらいだ。



さらに登ると、富士見パノラマスキー場も見えた。



樹林帯の途中でアイゼンを装着。登山道の雪が溶けかけて氷化し、その表面が日で溶けており、ツルツル。触れると手袋が濡れそうだ。


急登に体がとても重く感じる。こんなに重かったっけ、俺?と思いながら、必死で登る。


ようやく前三ツ頭に着いた時はフラフラだった。陽射しで腐った雪が団子になってアイゼンにくっつく。ピッケルで叩き落とすのもしんどい。先はまだまだだ。心折れそうになりながら先に進む。


そしてついに三ツ頭。ここまで来れば、小一時間で山頂である。



しかし、ここまでで5時間経過。明らかに時間がかかり過ぎている。そして、この疲れ方も尋常ではない。現在1時だから、今からでも通常なら山頂を踏んで来れるだろうが、今日の体調で1時間で山頂にたどり着けるとは思えない。しばらく権現の山頂をにらみながら思案した。




そしてついに決断。だめだ、下山しよう。空は青い。権現に向かう稜線もくっきりとして、おいでおいでをしているようだ。だが、今日はやめたほうがいい。そう決める。




それでも未練たらしく、権現を眺めながらしばし時間をつぷす。その間に、ガスコンロでお湯を沸かして紅茶を作り、テルモスに補充する。風も弱くツェルトを出すほどのこともなかった。


結局、2時近くまで時間を潰した。その時間があれば山頂に行けたじゃないか、と後悔しそうになるが、いや、無理だった、と無理やり納得し、下山開始する。


前三ツ頭までは普通に下山した。しかし、妙に汗が出る。ペースを上げたわけでもなく、普通に下っているのに、汗が全身から吹き出してくる。なんだろう、これ?とおもいながら、前三ツ頭を過ぎる。


程なくして、お腹を激痛が襲った。立っていられず、しゃがみ込んでしまう。ひたすら痛みに堪える。しばしのち、痛みは遠くなる。だが、歩き出すと痛みの予感がする。足を動かすたびに、お腹にチリッと痛みの予感のようなものが走るのだ。


一瞬ビバークを覚悟した。座り込み、ゆっくり紅茶を飲む。食欲は全くないので、飴玉をなめる。


しばらくすると痛みはおさまった。完全ではないが、なんとか歩けそうだ。ゆっくりと下山を再開する。


その後は、痛みが激しくなることもなく、傾きかけた日を見ながら、たんたんと下山を続ける。



車にたどり着いたのは5時であった。帰りの車から夕日に染まる富士と南アルプスが美しかった。



無事に降りて来れたことをホッとする一方で、やはり悔しい思いは否定できなかった。



腹痛は三日後くらいには完全に治まり、一週間後には普通に走れるくらいに体も回復した。しかし、中高年になってからの登山において、体調を整えることがどれだけ大切か思い知らされた山行であった。