CDレビュー:Especia『CARTA』 | アイドルKSDDへの道(仮)

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心に茨を持つ山梨県民こと「やまなしくん」のブログ。基本UKロックが好きですが、最近はもっぱらオルタナティブなアイドルさん方を愛好しています。

大阪・堀江を拠点に活動するガールズグループ(すなわちアイドル)であるEspeciaは、楽曲、ファッション、PV…と全てにおいて徹底的に「80年代」を志向する、極めてユニークなグループとして注目されてきた。とりわけ楽曲は、80年代ディスコを基軸に、AOR、ニュー・ジャック・スウィング、ジャズ・ファンク…を導入し、非常に凝ったそのサウンドは、彼女たちをNegiccoと双璧をなす「楽曲派アイドル」の代表的存在にのし上げた。また、アメリカの権威ある音楽メディアであるピッチフォークは、Especiaを「ヴェイパーウェイヴ・アイドル」と評した。(日本のアイドルが取り上げられたのは史上初らしい!)ヴェイパーウェイヴとは、2010年代初頭に興った、80年代前後の大衆音楽をノスタルジーを込めて素材にする音楽スタイル(らしいです自分知らなかったのですが)なのだが、そんなマニアックな音楽性を持った前代未聞のアイドルの、メジャーレーベル移籍後初めてのフルアルバムが、本作である。

以前からEspeciaのサウンドを担ってきた作曲家・編曲家であるSchtein&Longerを中心としたチーム”Hi-Fi City”が本作をプロデュース。躍動するシンセベースと豊かなサックスの演奏が楽曲を牽引するディスコナンバー「Mistake」「Aviator」では従来からのEspeciaサウンドの魅力を存分に味わうことができるが、それ以外のスタイルの楽曲も素晴らしい。ドラムンベースにブラスを乗せた「Interstellar」はフューチャージャズとも呼べそうなナンバーだし、壮大なシンセサウンドが耽美的な「Saga」は80年代歌謡曲のようであり、生バンドをフィーチャーした英語詞のネオ・ソウル「Rittenhouse Square」に至っては、もはや「アイドルソング」の枠を完全に逸脱。そのどれもが本当にカッコ良い!し、表現力を増したメンバーの素晴らしい歌声を聴くことができる。しかも「Interstellar」「Fader」「サタデー・ナイト」では本格的にラップパートを導入。これまでラップが少なかったのが不思議なほどに、見事にハマっている。

それだけに、アルバムからのリードトラックである80年代風ロックナンバー「Clover」は、有名アーティストの提供曲とはいえEspeciaの中ではあまりに異質な存在であり、それゆえファンの間でも賛否両論を呼んでいる。が、バブリーな恋愛叙事詩の多い(笑)Especia楽曲にあって、このようなエモーショナルでシンガロングできる曲はこれまでに無く、彼女たちの幅を広げたので良かったのではないか…と筆者は思っている。

また、Especiaは「シティ・ポップ」の文脈でも捉えることができる。彼女たちが語られる際に、しばしば山下達郎や角松敏生やスティーリー・ダン…等が引き合いに出されているが、彼女たちの作品が単なる80年代リアルタイマーにとっての懐古趣味では無いことは、前述した豊饒な音楽性からも明らかだ。ブラックミュージックに影響を受けた都会的な日本のポップス、すなわち「シティ・ポップ」を現代において表現している星野源やceroといったアーティスト達に、Especiaもまた連なっていると言えるだろう。

以上のように、アイドル界、いやJ-POP界の中にあっても稀なる独自性とゴージャスな音楽性を併せ持った佳作を発表したEspeciaだが、これをリリースした直後である2016年2月末をもって、メンバー5名のうち3名が「卒業」。そしてそれと併せて、今後、残った2名は東京に拠点を移して活動を継続するという。これはファンのみならずアイドル界隈にも衝撃を与えた。筆者はEspeciaのライブに何度か足を運んだが、この5名によるパフォーマンスは、歌もダンスも高いスキルを見せ、完成された素晴らしいものだった。それだけに今回の決断は残念でならないが…感傷に甘んじるには、このアルバムの楽曲はあまりに素晴らしく、彼女たちのパフォーマンスはあまりに見事だ。

だからこそ…このアルバムは、来たるべきEspeciaの新章を告げるアルバムとして、将来記憶されるはずだ。併せて、2010年代のユニークで優れたアイドルポップスとして、語り継がれ、聴き継がれていく可能性に満ちている。そう、このアルバムはまさに、私たち音楽ファンへ、そして未来のEspecia自身へと差し出された、「CARTA」(スペイン語で「手紙」の意)なのである。ぜひ、多くのリスナーに受け取ってもらいたい。