最近、大学の対外的な業務に関わることが増えてきた。
高校生向けの説明会や体験授業など、いわゆる広報活動である。

大学教員という仕事に対して、私が学生時代に抱いていた印象は随分と単純だった。

研究をする。
講義をする。
学生を指導する。

もちろん、それぞれに専門性と責任を伴う仕事ではあるが、言ってしまえばそれだけである。

少なくとも、「学生を集める」という仕事は想像していなかった。

もちろん、昔から大学には広報活動があったはずだ。
ただ、私の認識の外側にあったのである。

会議では、入学者数や志願者数の話題が頻繁に上がる。

定員を満たしたか。
前年と比べてどうか。
どの地域からの出願が多いか。

もはや大学というより、どこか営業会議のような側面もある。

その光景を見て、ふと、昔抱いていたイメージと違うな、と思ったのだ。

しかし考えてみれば当然でもある。

学生がいなければ授業は成立しない。
教育も研究も、その土台の上に成り立っている。

 

大学経営もまた、学生から、その保護者からいただく学費によって成り立っている。

学生なくして、大学は生存できない。


少子化が進み、若者人口は減少している。
医療系大学も例外ではない。
かつては資格職というだけで一定の人気を集めていた分野であっても、今は必ずしもそうではないらしい。

大学同士が学生を奪い合う。
そんな表現を耳にすることもある。
だが、実際に現場に立ってみると、もう少し穏やかな感覚がある。
 

私たちはただ、学生を集めようとしている。
自分たちの営みを知ってもらおうとしているのだと思う。

どんなことを学ぶのか。
どんな人がいるのか。
どんな未来につながっているのか。

それらを言葉にしなければ、誰にも伝わらない。
研究も教育も、良いものを作れば自然に人が集まるという時代ではなくなったのだろう。

少し寂しい気もする。
だが一方で、自分たちの価値を自分たちの言葉で語ることを求められているのだと考えれば、それはそれで健全なことなのかもしれない。

研究者になろうと思った頃、まさか学生を集めることについて考える日が来るとは思わなかった。
だが、教えるという営みは、大学の中だけで完結するものではないらしい。

学生を育てる前に、まず大学を知ってもらう。
そんな仕事もまた、大学には必要なのだろう。