夜中、無邪気に泣き叫ぶ我が子に起こされる。
慣れというものは恐ろしい。
いつの間にか、今までとは異なる感情が芽生え始めている。
はじめはその元気な泣き声に喜びすら感じていたが、次第に「もう泣かないでくれ」というささやかな願いを抱くようになった。
私は、この幼子の「泣き声」すら禁じたいと考えてしまっている。
ふと、自分がかつて禁じられてきたことを思い出す。
コンセントに触れてはいけない。
花火は家の中で遊んではいけない。
いずれも至極当然のことだろうから、理由は詳しく説明されず、ただ「いけないもの」として示される。
幼い頃、私はピアノが好きだった。
心底夢中で、一日に何時間でも弾いていられると思っていた。
ところがある時、「もう弾かないでくれ」と母に言われた。
当時の私は、その言葉を正しく理解できていなかった。
その発言の意図を汲み取れないまま、どこか釈然としない思いを抱えていたように思う。
それでも、時間が経つにつれて、その意味を後から理解することがある。
あの時、私は短調の曲をいくつか練習しており、母はその時、「暗い曲が続くのが嫌だから」とも言っていた。
物悲しいピアノの音にうんざりしていたのだ。
あるいは、長く音が鳴り続けること自体が、煩わしかったのかもしれない。
そうした理由は、確かに存在していた。
それを慮る心を持つことを、禁じるというかたちで示唆していたのかもしれない。
子どもにとっては、その禁じられるという経験そのものも、物事との距離の取り方を形作る手掛かりになっているのではないか。
何事もやりすぎは良くない。
危ないものには不用意に触れない方がいい。
あるいは、少し離れた場所から様子を伺うとよい。
それらは必ずしも理解に裏打ちされたものではなかったが、一つの態度として身についていったようにも思える。
もちろん、それが十分であったとは言えない。
理解を伴わないままでは、いずれ限界が来る。
だが、すべてを最初から理解することもまた、現実的ではない。
そう考えると、「禁じる」という行為は、理解へと至る過程の一部として位置づけることもできるのかもしれない。
ただ遠ざけるのではなく、いずれ触れることを前提とした距離の取り方として。
かつての自分がそうであったように、禁じられたものの意味は、時間をかけて立ち上がってくることがある。
いま自分が子どもに向けようとしている言葉もまた、すぐには理解されないまま、どこかに残り続けるのだろう。
そのとき、何を禁じ、どのように伝えるのか。
禁じるという行為は、強い手段であるが故に、その扱いにはなお逡巡が残る。