漢字のことは昔から好きで、たまに調べては満たされた気持ちになる。
漢字を究めるというほどではないものの、一般的な社会人よりは漢字を知っているだろうと思う。
今日、のごめへんについて思い至り、調べてみた。
釈、釉、せいぜいそこらへん。
釆を偏として捉えると、意外にも登場の機会は少ない。
しかし、これをただのパーツとして考えれば話は別だ。
まず、意外なところからいけば、番の上側は釆である。
悉皆といえば、ことごとくみな(すべて)、という意味である。
そして、釈から思い至ったが、釈迦とは正にお釈迦様、ゴータマ・シッダールタその人を指す。
音で書けば、瞿曇悉達多(くどんしったるた)であり、ここにも悉の字が当てられる。
釆の成り立ちは何か。
これは「わける」という字らしく、弁別でいう時の辨にあたるという。
ここに、心が加わることで、細かに知り尽くす、「ことごとく(悉く・尽く)」という会意文字として成立するわけだ。
そしてついでに、釈迦の別名として、追加で
釈迦牟尼、釈迦牟尼世尊
あたりも覚えておくと楽しいだろう。
ああ、漢字の魅力たるや。
調べるだけで、こんなにも世界は知らないことに満ちている。
未知満ちてミチミチ、とはよく言ったものだ。