時々雪が降っては、溶ける。

例年になく暖かい冬で、暖房も節約できて喜んでいたつもりだった。

 

どうやら、灯油が高い。

電気代は、勝手に値上げされていく。

いずれも通知だけで、何のお詫びもない。

 

普段電気やらガスやら何気なく消費し、凍えることなく冬を過ごせていることには感謝している。

 

しかし、もう少し誠意のようなものを見せてほしい。

封筒に、「お詫び」とでも書いてもらったらよいだろうか。

逆にお詫びだなんて生意気な、という人も出てくるだろうか。

 

戦争はいつから始まっていたのか。

石油の代替はどこまで研究されているのか。

いち消費者にできることはあまりない。

 

最近の世の中は生きづらい。

 

いつからか、声の大きい人間がとにかく得をしやすいようになった。

私も、損をしたくはない。

ましてや、家族が損を蒙るのを見ているわけにはいかない。

 

いつからか、声の大きな人間になれるようになった。

迷惑だと思われているかもしれない。

だが、私は、私たちの平穏のために、平和のために、戦う必要があるのだ。

 

平和は自然と生まれてくるものではなく、勝ち取るものなのだと、だんだん気づいてきた人が多い。

 

政治に関心がないのはいいことだ、と語った政治家がいた。

それは政治など気にする必要がないということなのだと、そのようなことを言った。私はかつて、政治なぞ微塵も関心になかった。

友人たちの一部の、社会派で、聡明な誇らしき人々だけが関心があるものだと思っていた。

最近、私も政治に関心を持ち出した。

何も変えられないだろうが、私も動かなければいけないと、行動できるまでに考えるようになった。

 

平和に関心がないことも、きっといいことだろう。

平和など、戦争など気にする必要がないということなのだ。

私はかつて、平和と戦争に少なからず興味があった。

政治には興味などなかったが、資源とエネルギー、その流れには興味があった。

最近、殊更に興味を持たざるを得ない状況だ。

 

私たちは、世界有数の平和な国に生きるものとして、その平和を守り、勝ち取らなければならない。

ブログといった、インターネットの公の場に、このような言説を持ち込むのは、かつて憚られた。

それでも発信を続けなければならないという信念のもと自らの主張を発言する、古兵たちの行動であると思っていた。

 

 

私たちは、そう言ったインターネット上の意識も変化するような時代に突入しているのだと思う。

 

私のような、浅慮で蒙昧な人間でも、ブログで幾人かに意見を聞いてもらうことができるのだ。

不思議な時代だ。

 

そのような潮流の中に揉まれ、私たちはそれでも生活を続ける必要がある。

平和が失われようとも、生きなければいけない。

そのための用意を、私たちは考えていく必要があるのだ。