結論として、それは変わりゆくものではあると思う。
特に俺みたいな初期衝動が無い奴はな。
自分の今ある欲求と本質的な自分を考慮して答えを出すことが"俺は何になりたいのか"の答えにしていいのかさえ分からない。
何を持って自分の意思の言語化を決定するかも曖昧なんだからまともな答えは出ないだろう。
そのうえで、無理やり答えを絞り出すのならそれはきっと、俺を世界を納得できるナニカを持つ俺になりたいのだと思う。
俺の根幹にある部分をピックアップして簡潔にまとめる。
全ては無価値である。人は人であることから、人としての振る舞いが正解になることから逃れることは出来ない。生きる寄る辺は自身の歪みである。10台までに築き上げた良心が俺を人のコミュニティに留めている枷であり、かけがえのないモノである。何を知り、何に気づき、何を分かった気になろうと、俺は不器用で生真面目な愚か者な人であることは変らないだろう。
俺は納得したいだけなんだと思う、死ぬ前に俺として、人として、生きてきたその人生に。
俺の好み価値観が人と違うのは、価値観が0から始まっているから何だろうな。
俺の人生における最大の幸運は自分を好きになれた事。
偶然に感謝する。
神様がいない事は大前提として、宗教を生み出してしまう人間の気持ちはわかるよ。
意味があってほしいよな、魂があってほしいよな、人を超えた救いが欲しいよな。
人生が地獄に感じる下振れ達にとって、素晴らしい思考放棄、現実逃避ならぬ人間逃避だね。
全てが偶然と必然という名の自己責任でしかないだなんて受け入れられないよな。
不確かなモノって心を誤魔化すのに便利だよね。
こんなもんかな。
ほなまた。