俺の人生は多くの挫折があった。
逃げたことも、逃げられなかったことも、逃げずに潰れたこともある。
あの時の判断が間違いであったと断ずるのは簡単だが、少し見方を変えるだけで、全てが必然のように見えてくる。
努力一つで意識一つであの時の挫折を覆すことは出来るかもしれない。
だがそれらは挫折する要因が数多く存在する環境においては、気づくことも考える事も出来ないことだったりする。
今振り返ると、根本的な原因は父親の家庭が母子家庭だったことに起因するのかな?
もう少し手前の原因を考えるなら、家庭環境になるのかなぁ?
別に虐待だとかそういうわけではない。
リスペクトされることがないだとか、教訓がないだとか、根本的に俺を理解できる人が一人もいなかっただとか、欲しいものが手に入らないだとか色々ある。
一番大きいのは休日リビングに居場所がないと直感的に悟った8歳ぐらいから続く孤独感だったりするのかな?
お陰で個人主義というか、独りが好きな人種に育ったしね。
根本的な挫折の原因なんてものは、思考力も行動力も何もない幼少期の経験だったりすると俺は思う。
色んな偶然と環境的遺伝という名の必然が折り重なって人は成功もするし、挫折もする。
特に若いうちは顕著にな。
その後、病気や幼少期のハンデによって多くの挫折を繰り返すことになった。
数多くの挫折を経験した今の俺は努力も意識もある程度コントロール出来るまでに成長したと思う。理想にはまだまだ届かんけどね。俺の人生での相対で考えれば相当な成長よ。
多くを学んでいくうえで悲しかったことは、全てにおいて俺個人で勝手に気づいて、俺が俺を救うことしかなかったことだ。
誰かに救ってもらったこと、大事なことを教えられることは一度もなかった。
苦しい環境を作ってもらうことはあったけどなw
今現在俺が辿りついた答えは"健康"だ。
食生活、運動、睡眠、これらをとにかく徹底的に整える。
整えた所で挫折も失敗も多く訪れるだろうが、それでも整える。
立ち上がるための基盤を幼少期に学生時代に作れなかった人は、健康で無理やり乗り越えるしかない。
結果も教訓も後から勝手についてくる。
現実を直視して、学ぶための基盤がないならとにかく"健康"だ。
今の時代を生きていると頭でっかちになって、遺伝だの親ガチャだの幼少期の環境ガチャだの色々思うことはある。意識一つで回りが当然のようにやる努力が俺には出来ずに落ち込むこともあるだろう。周りがちょっとした努力だけで偶然だけで人並程度の不幸だけで、幸せな人生を送ることは数多くあるだろう。
だからこそ、俺らは体を整え、足りない頭でも考え続けて、生きてチャンスが来るのを偶然が噛み合うのを、待ち続けるんだよ。
本当に小さなことでいい、目標を立てて、一つ一つ達成する。
本当に小さなことでいい、1分で終わるような習慣を作る。
運動をしない人なら、一歩家を出て深呼吸するだけでもいい。
勉強をしない人なら、その日学んだことを夜寝る前に10秒だけ頭の中で思い浮かべるだけでいい。
必然を作れない俺らは、偶然が都合のいい方向に噛み合う確率を少しでも上げる小さな努力を習慣を行う必要がある。
こんな感じの考え方を俺は得た。
んで、昔の俺じゃ考えられないぐらい色々行動に起こすことが出来ている。
最近になってようやく挫折が糧として機能できるようになってきた気がする。
昔は挫折の経験があってもそれが一体何だったのかを知ることが出来なかったからな。
頑張りすぎたら視野が狭くなって、自滅する羽目になるから、自分の現状や思考を吐露して、自分を平均化する作業を家族や友達を使ってやるの大事。
努力も我慢も色々やってきたけど、明確に達成可能な目標目指してやらないと絶対に持たないよ。断言する。
こんだけ習慣やら健康やらほざいといて何だけど、どうしようもない環境ってあるから、元気あるうちに無理やり環境変えるの大事だよ。
社会人である前に、ちゃんと飯食って、狩りするみたいに運動して、ちゃんと睡眠取らないと体も心もすぐ壊れる原始人であることを自覚したほうがいい。
喋りすぎたな、ほなまた。