『ふがいない僕は空を見た』のタナダユキ監督が本作を振り返る! | C2[シーツー]BLOG

C2[シーツー]BLOG

川本 朗(カワモト アキラ)▶名古屋発、シネマ・クロス・メディア
C2[シーツー]の編集・発行人。 毎月30本アベレージで、
年間300本以上を鑑賞。“シネマ・コネクション”を
キーワードに、映画をナビゲート!
▶シーツーWEB版  www.riverbook.com

$C2[シーツー]カワモトアキラのモット映画ブログ!

 2011年本屋大賞2位、第24回山本周五郎賞を受賞した窪美澄の「性」と「生」を繊細かつ赤裸々に描ききった同名小説を原作とし、『百万円と苦虫女』の気鋭・タナダユキ監督が4年ぶりの長編作品として手がけた渾身作だ。 ダブル主演を務めるのは、『ハードロマンチッカー』や『ぱいかじ南海作戦』などで多彩な魅力を放つ 永山絢斗と、『血と骨』『隠し剣 鬼の爪』などで確かな実力を見せる田畑智子。この2人が、複雑な思いを抱える難役に挑戦。赤裸々な性描写も必要な役柄だったが、卓巳の「葛藤」とあんずの「闇」、ふたりでセックスしているときの「喜びと切なさ」を魅力たっぷりに体現する。他、助産師である卓巳の母・寿美子に、圧倒的な存在感で物語にリアリティを加えるベテラン原田美枝子。痴ほう症の祖母と団地に暮らす卓巳の親友・福田に、『十三人の刺客』の窪田正孝。“団地から脱するための武器”である勉強を福田に教える田岡に、『わが母の記』の三浦貴大……と、個性あふれる実力派もタナダ組の元に集結し、印象的な芝居で世界観を彩っている。

 今回、公開前のキャンペーンでタナダユキ監督が来名。本作に寄せる想い、撮影エピソードを語ってくれた。

“何があっても生きなきゃしょうがない”という部分を大切にしたかった


▷▷原作を読んで大切にしようと思ったことは?

「原作では登場人物たちが関わる色々な問題が何一つ解決していません。でもどんな人生も全部肯定している、生きていくことへの否定が全然ないけど、人生讃歌のように高らかに謳い上げている作品ではないところがいいなと、非常に感銘を受けました。私自身“人生は素晴らしい”っていうのはちょっと嘘くさい感じがして、“生きていくって大変だよね”って言われる方が納得がいく。だから“何があっても生きなきゃしょうがないよね”という、原作の中に流れる根底の部分を大切にしたいなと思いました」

▷▷映画にする上でのこだわりは?

「難しかったのは、小説では一人称で語られ、言葉で表現されている細かい感情を、映画ではどうしたらいいかということ。あまりナレーションを入れたくない気持ちがあったので。結局そこは脚本の向井(康介)さんに丸投げして(笑)。私からお願いしたのは、群像劇にしたいということでした」

▷▷向井さんとは『俺たちに明日はないッス』に続いて2度目のタッグですね

「ただ今回は上手くいった部分と難しかった部分がありました。一稿でクオリティの高い脚本が出来てきて、これで撮影できると言う人もいたんです。でも何となく自分の中にまだじゃないかなって思いがあって。といっても具体的に何をどうしたらいいのかがわからず、もっと行けるんじゃないか、もっと違うカタチがあるんじゃないかとか、すごく試行錯誤しました。『俺たち~』の時はすんなり“これ撮ろう!”って気になれたんですけどね」

▷▷変わった部分というのは?

「構成が違います。最初は卓巳のパート、福田くんのパート、あんずのパートがあるという構成でしたから。後は卓巳のお母さん。最初は立派すぎる感じがして、私と向井さんの共通の知り合いの脚本家に、焼き肉を食べながら意見を聞いたんです。それでお母さんがお父さんにお小遣いをあげるシーンを入れたら、モヤモヤしていた気持ちがスッとして。(演じた)原田美枝子さんも“お母さんいいよね。お小遣いあげちゃうんだ?ダメだねぇ(笑)”と笑ってくださったので、よかったなと。他人から見ると立派な人でも、本人にとってはすごくダメなところがある方が人間ぽいですし」

▷▷人間のダメな部分に惹かれるんですか?

「自分が子供の頃に思い描いていた大人って立派な気がしますけど、自分はいい大人になっているのに何にもできない残念な感じで(笑)。でも今思えば、昔の大人も絶対にこれが正しいという確信があって突き進んでいた訳じゃなくて、迷いながらだったんだろうなと。ダメな人間をダメなままでいいよって肯定するつもりはまったくないですし、ダメじゃないようにできたらいいですが、なかなかできません。自分にとってはダメな方が身近なので、ついついそういう人が多くなるんだと思います」

▷▷コスプレでセックスする主婦、団地暮らしで祖母の介護をしている高校生など、特殊な事情を抱えたキャラクターが多く登場しますが、リアルに描くのは大変では?

「子供の頃『おしん』を見て“可哀想だな”って泣きそうになった時、もう亡くなった明治生まれの祖母に“こんなん全然、可哀想じゃない。ばあちゃんこんなんしよったよ”って言われたことがあって(笑)。過酷な状況にいる人に対して“可哀想”って思うことは、ある意味ちょっと傲慢なんだな、ばあちゃんスゴいなと思ったんですね。映画を作る時には、そういうフラットな目線で描かなければいけないと思っています。とにかく大袈裟にはしたくなかったんです。コスプレに目が行くかもしれませんが、一歩踏み込んで、コスプレをするに至るその人の抱えているものは何なんだろうかと、突き詰めていったらこうなったというか。何よりも俳優さんたちが役を背負って、この映画の中でそれぞれの人生を生きてくれたので、こちらはそれを真摯に受け止めるだけでした」

俳優さんたちがこの作品のために背負ってくれたモノを見て欲しい

▷▷主演の永山絢斗さん、田畑智子さんにとってはかなりチャレンジだったと思います。キャスティングの理由は?

「プロデューサーを含めて話し合っていく中で、やっぱりあんず(里美)は田畑さんだと。
いつかお仕事したいと思っていた女優さんですし、今まで色々な作品に出られていて、演技力が確かなことはわかっていましたから。永山くんに関しては、出演作品をたくさん観ていた訳ではないんですが、永山くん自身が持っている雰囲気がなんとなく卓巳っぽいんじゃないかって、予感みたいなモノがあって。お願いしてみたらやってくれることになりました」

▷▷実際に演出してみていかがでした?

「今回は田畑さんの腹の括れた、男前なところに助けられました。ベッドシーンもあるので、クランクイン前に“何か心配なところはありますか?”と聞いたら“何もありません”と言われて、すごく気が楽になったんです。あの役に関して何も心配がないと言ってくれるぐらい覚悟を決めてるんだって。永山くんは内に秘めているモノがすごくある、実は色々なことができる役者さんだと思いました。役に対してすごく高い集中力で真摯に向き合ってくれて。ベッドシーンはすごく緊張していたらしいんですけど、緊張が顔に出ませんし、いざカメラが回ると本当に卓巳になってしまうんです」

▷▷演出はどうやって?

「私は割と突き放す方ですね(笑)。よく役者さんが役が降りてくると言いますけど、そういう瞬間って本当にあるんですよ。だから自分が細かく言うより、動きたくなったら好きに動いてくださいっていう感じでした。私は映画って1年後に同じスタッフ、役者で同じシーンを撮っても同じものは撮れちゃいけないと思っているんです。だからその時のその人たちでなければ撮れないモノを撮るだけですね」

▷▷ベッドシーンは生々しくもあり、キレイにも見えました。撮影で意識したことは?

「下品にならないようにしたいなとは思っていました。ただ品や色気は本人が持っているモノですから。嫌な感じにならなかったのは田畑さんと永山くん自身が持っている品でしょうね。カメラマンの大塚(亮)さんも、ニセモノの光ではなく、自然光の中で2人がどう息づいて、映画の中でどう生きるかを捉えようとしてくださる方だったので、ああいうシーンが撮れたんだと思います」

▷▷里美(あんず)の夫・岡本慶一郎役の山中崇さんの泣きの演技なんかもスゴかったですが、どう演出を?

「1テイク目は苦しそうにしながらも泣いてはいなかったので、次のテイクで“ちょっと泣ける?”と聞いたら、本人がグーッと集中して。わずか何分後かに撮ったのに涙がボロボロ出てきて。でもまさかヨダレまで出るとは(笑)」

▷▷かなり噴出してましたよね(笑)

「現場で見た時は“ヨダレが…”と思いました(笑)。でも逆に(あんずが)別れたくなるリアリティがあるなと。そこで編集の宮島(竜治)さんに相談したら“いいんじゃないですか”と言ってくれたので使うことに決めました。映画を作るって、明確な答えがあって突き進んでいる訳じゃなくて、全員で答えを探していく作業だと思っているんですけど、あのシーンは答えの1つでしたね。トロント(映画祭)で上映した時もいい意味で失笑みたいなものが起きて(笑)。カナダの方にも慶一郎の情けなさが通じたみたいでよかったです」

▷▷慶一郎の母を演じた銀粉蝶さんも迫力がありました

「私は事前にカット割を決めず、当日のテストで俳優さんのお芝居を見ながら決めるんですが、(慶一郎の)お母さんが里美と一緒に歩きながら“体外受精したらいいと思うのよ”って言うシーンは、ワンシーンワンカットで撮りたいと思ったんです。長いセリフだし、大変だと思うんですけど、こっちが急に無理な要求をしてもできちゃうんですよね。今回は俳優さんに驚かされたことがすごく多かったです」

▷▷脇の脇まで魅力的な俳優さんが揃う中で、監督がぜひと考えた方は?

「(福田役の)窪田正孝くんはオーディションだったんですが、原作では“せいたか”というあだ名が付いているぐらい背が高い設定でした。でもその設定を捨ててでも窪田くんにすべきだなと。(みっちゃん役の)梶原阿貴さんはご本人の人となりも知っていたので、梶原さんがみっちゃんをやると面白いんじゃないかなと。ほかの候補もいたんですが、反対を押し切ってでもやって欲しいと思ってお願いしました」

▷▷みっちゃんのズケズケ物を言いつつ、心が温かいキャラクターがよかったです

「そうですね。元ヤンっていう設定だったんですが、梶原さんは眉毛を半分抜いてきてくれて。本人は全部抜こうと思ったらしいですけど(笑)。裏設定も色々考えてくれていました。トロント(映画祭)でもみっちゃんのシーンは大爆笑だったので、みっちゃんって万国共通なんだなと思いました」

▷▷卓巳の担任・野村先生を演じた女優さんも印象的でした

「実はのっちー役はいちばん最後まで決まらなかったんです。たまたま藤原さんの旦那さんが向井さんの大阪芸大の同級生の寺内康太郎監督で、向井さんからこういう女優さんがいるんだけどってDVDを見せていただいたら“のっちーがいた!”と。藤原さんは出産のシーンの撮影でイキミすぎて本当に気を失ってしまって(笑)。“どうした?大丈夫?”と聞いたら“山手線に乗ってました”と言ってました(笑)。すぐ降りてくれましたけどね(笑)。今回の映画は出番やセリフの多い少ないに関わらず、みんなが頑張って一生懸命やってくれて。本当に全員で作ったという感じがあります」

▷▷特に観て欲しいところは?

「監督としては全部観て欲しいんですけど…。主人公の卓巳が抱えている問題は、他の人と比べると軽いんですけど、彼が最後に何を感じて、どんな表情で、何故そのセリフを言えるようになったのかを見ていただけたらなと思います。しいて言えば、ですけど。後は俳優さんたちが、この作品をよくするために背負ってくれたモノを見ていただけると嬉しいです。私自身がお芝居を間近で見ていて、つい引き込まれることが何度もありましたし、なんて贅沢なことをやれているんだろうと思える瞬間が本当にたくさんあったんです。今回のスタッフ、キャストには映画を作る醍醐味を味合わせていただきました」

▷▷では最後に、これから映画を観る方にメッセージを!

「この作品に関していいよって言ってる人、ダメだって言っている人のレビューを見ることがあると思いますが、どっちも話半分で聞いて欲しいです。最終的にいいかどうか、好きか嫌いかを決めるのは自分自身だと思うので。人の評価をあまり信用しないで、自分の目で確かめに来てもらえたら嬉しいです」

★『ふがいない僕は空を見た』11/17(土)→伏見ミリオン座にて
$C2[シーツー]カワモトアキラのモット映画ブログ!
(C)2012「ふがいない僕は空を見た」製作委員会