「明日の天気は変えられないが我が身の明日は変えられる」
数日前まで、近所のお寺に掲げられていた言葉。墨を使って筆で書かれ、ガラスケースの中で凛として佇んでいるように私は感じていた。通り過ぎる度に私の目に留まり心の中で繰り返され、知らぬ間に覚えていた言葉。
もしかして、誰かの有名な言葉だろうかと気になってスマホで調べたら、後半がちょっと違う題名の本はあるらしい。
(明日の天気は変えられないと思っていたけど、そう言えば2008年の北京オリンピックの開会式が晴れるようにと中国はロケットを打ち上げて事前に雨を降らせて当日晴れさせたんだったなぁと思い出した。天気を変えてしまうだなんて、その当時の私にはかなりの衝撃だった。)
今は、分からないことがあれば直ぐにスマホやPCでネットで簡単に調べられるし、それが当たり前になっている。「分からないなら辞書を引きなさい」と昔よく母に言われていたのを思い出し、調べられることはたまには辞書で調べてみようと思い久々に国語辞典を手に取った。いくつかの単語を思いつくまま調べてみたら、普段普通に遣い意味が分かっているつもりの言葉でも、更に深い意味があったりもする。(看護師は、前は看護婦だったことも思い出した。初めは違和感しかなかったが、いつの間にかそれが普通になり、さっきまで名前が変わった事も忘れていた。)
なるべく言葉遣いは丁寧にと心がけているつもりだけど、余り難しい言葉を知らない私には、たまには辞書を引くことが必要なのかもしれない。例えば「やぶさかではない」とか「臥薪嘗胆」とか。出来ればちゃんと何回も辞書で調べていい加減覚えたい(笑)。