気持ちってそんなに大事? | 夢が実現するしくみがわかれば、私たちはもっと自由になる  君塚由佳

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気持ちって そんなに大事でしょうか、と個人的に思っております。




房総半島には三山信仰というものがあります。

年頃になると 出羽三山(月山・羽黒山・湯殿山)に出向いて 死装束をもらってきます。

夫も、私との結婚が決まってすぐに行き、死装束をもらって 死ぬ準備をしてから結婚式を挙げました。

結婚式の時も装束は拝殿に挙げられて 親族に披露していました。
「これからは死んだつもり、無私の心で 家と地域の皆様に尽くします」と 親族と神様に宣言することでもあって
実際に 結婚式の夜 家で夫の仮通夜まで 執り行っていたのには 
正直 ドン引きしていました。

ちょっと待て。

確かに 結婚したいって言ったのは私だけど。

同居だって お母さんも おばあちゃんもいい人だし 家事やらなくていいから働きなさいって言ってくれてねがったりかなったりだったけど。

跡取りってそういうことなの?

今更だけど マジかーーーーー。


私は 結婚っていうのは 好きな人と私の2人を中心に新しい家族を作ることだと思っておりまして。
(女のひとは結婚にこういうイメージを持つことが多いと思う)

だけど、夫はそうじゃなかったんだ。
自分と親が中心で 奥さんの私は その周辺。付属品なんだ。

(男性はこういったイメージなんだってね。やっぱり奥さんの親と同居は イレギュラーだし、
同居しても奥さんは旦那さんの名字にして一緒に住んでいるけれど奥さんと奥さんの実家の親の籍は切り離す傾向が強い。いわゆるマスオさんってやつ。
籍も奥さんの籍で しかも奥さんの親と同居っていう入り婿タイプは 突然変異・珍獣レベルの異質なパターンみたいですよ)

結婚して 生活スタイルも 仕事の仕方も 友達の意付き合い方も「もう結婚したんだから」って激変して 

そこまでしたのに 私は夫にとって最優先にされないのかよ。


私の何を最優先にしてほしいのかって?全部。

私の気持ちだとか、意見だとか、考えとか、やりたいことのすべて。
何もかも思い通りになってほしいわけじゃないけれど、いつも尊重してほしい。
私が体調を崩しているときは 予定を全部キャンセルするくらいはしてほしい。具合が悪くなるなんて めったにないんだし。

いろんな人のことを気にかけるのもいいけれど 一番に思い出すのは私のことであってほしい。

まず私との約束や、いろんなことを済ませて 空いた時間にほかの人ことをしてほしい。
一緒に笑い合い、痛みを分かち合いたい。

だから、私が泣いているときに「なにがそんなに悲しいの?わからないよ」と言うなんて、信じられない。
私が転げ回って笑ってるときに「バカみたい」なんて呆れたりしないで!


働くのも奥さんである私のためであってほしいくらいなのに、
どうして私が待つ家で食事するよりも 会社の飲み会や地域の行事の打ち上げで外食するほうが多いのよ?

自分のペースで好き勝手に生活したいなら、
私と子供を優先できないのなら 結婚している意味なんてあるんだろうか?
 


私は独りじゃない、一生一緒にいる人ができて だから もう不安にならなくていい。

「大丈夫だよ。もう何も心配しなくていいよ」って言われたい。

お子ちゃまだった私は 誰かに言ってもらえるのを待つんじゃなくて

もう大人なんだから 「大丈夫だよ。もう何も心配しなくていいよ」と
自分で自分に言ってあげなくちゃいけないんだって その当時は知らずにいました。


まあ、期待が大きかっただけに 小さく それでも確実にストレスは積もりまして。


夫に挨拶しようと口を開けただけで 吐き気がこみ上げてくるようになりました。

眠れなくなって 長い長い夜をどうやって時間つぶすかに悩むようになりました。

ご飯は食べれたけど 本当によく吐くようになりました。
いつも胃がムカムカしていたので妊娠しているのかと なんども産婦人科にいきました。 


もう結婚生活そのものが 生理的に無理になっちゃったんだなあと 
それまでは長くても1週間の出張ばかりでしたが
長期の海外出張に名乗り出ました。

3か月 家を空けることになりました。
家を出たその時は 出張中に 離婚専門の弁護士さんを探して もう家には帰らないつもりでした。


3か月の間に 私の誕生日がありまして、夫から「おめでとう」とメールが来ました。

時差を考えて ちょうど誕生日の日付が変わった瞬間に届くように考えてくれたようでした。

それだけでね、「私も できることなら離婚したいわけじゃないんだよなあ」って思っちゃったのよ。

自分で笑っちゃいました。メール1通で揺らぐ程度のもんだよなあ。

きっと 時間がたてば笑い話になり 
チョコレートでも食べて、旅行でも行って思いっきり買い物すれば
友達とおしゃべりすれば・・・その程度のもんなんだ。気持ちなんて 気分なんだねえ。

大切にしたい気持ちだけ 大切にしよう。
そう決めました。
ただ、それは「大切でない気持ちは大切にしない」と決めたことでもありました。



それで20年以上続いています(-_-)



私にとって「夫を大切に思う気持ち」以外は 添え物です。

あってもいいけど、なくてもいいものです。


メインディッシュではありません。

クラブハウスサンドに添えられたパセリみたいなものです。ま、あった方が彩りもキレイかもね。でも、パセリは私の血肉にはならないの。

私の目を楽しませてくれてありがとう。でも、それ以上にはならないね。

人生に深みを与えてくれる隠し味みたいなもんです。

舌打ちしたくなることもありますし 今日は顔を見たくないときもあります。

こんなはずじゃなかったと途方に暮れることも ちょくちょくです。

それらの気持ちは「そういう時もあるさ」と サラッと流すことにしています。


毎日「好きです」と伝えていますが もう自己暗示の領域で 朝の挨拶みたいなもんです。

性格もまるで正反対ですし 今のところ共通の趣味もありません。

本当のところは どうなんでしょうか? 何が本当かも わからなくなっています。


でも、そんなことは 本質の「私なりの愛情」を引き立てるパセリな添え物でしかありません。

破壊力満点なパワフルな気持ち、お皿いっぱいの大きなパセリも たまに見かけますけれど、

パセリはパセリです。それでお腹や人生は満たされません。


気持ちよりも もっと本質的な愛情だけを見たときに

今私が夫をどのくらい好きかどうかは 
あまり問題ではなくなるような気がします。


(どうせ この瞬間は大好きでも 5分後には 夫を怒鳴りたくなっているかもしれません。「山の天気と女心は変わりやすい」そうですし)


いろんな添え物を横において
メインであるこの「その人なりの純粋な愛情」を見つめたときに
私だけでなく いろんな人の素晴らしい姿が見えることがあります。



昔 まるで女優のオードリーヘップバーンのように 愛らしく気品にあふれた姿が見える人もいて、
思わず「あなたってオードリーね」って伝えてしまって 気味悪がられたこともありました。


気味悪がられても 見えるものはしょうがない。

私だけじゃなく、ほかにも彼女のことを「和製オードリーヘップバーン」と言い出す人も続々と現れて、
ようやく彼女自身も 本来の自分の姿を受け入れることができるようになったようです。

彼女は女優ではなく普通の会社員ですが、影響力を存分に発揮して 会社の風土改革の経営企画に参画する立場になりました。

大きな会社ですが、しょっちゅう本社に呼ばれて 役員相手にプレゼンをしています。
(難民キャンプの子供たちのための基金で巨額の寄付金を集めたオードリーの影響力を やはり彼女は持っているようです。会社の人たちみんなが生き生き働く企画を次々に立案し 軌道に乗せています)

天使な彼女と、スーパーヒーローな彼も発見して 個人的に小躍りしております。



気持ちを大切にするのもいいですが、ある調査では「感情は1日3万回動く」そうですよ。
それに全部付き合っていたら 人生が終わってしまいそうです。

灯篭(とうろう)流しのように 気持ちの流れに流してしまって 
自分の愛情を通してどんな感情を宝物として大切に扱うのか。

そっちのほうが いい日になりそうな気がしません?



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