
「素直になりなさい」 この言葉を聞くたびに、なんとなく気持ち悪くなる人がいる。
そう、たぶんあなたもそのひとりだ。
その気持ち悪さ、正解だと思う。
むしろ、その感覚を持っている人の方が、素直さの本質に近いところにいる。
世の中で使われる「素直になりなさい」は、だいたいこういう意味です。
言われたことをちゃんと聞きなさい。
感情を抑えて穏やかにふるまいなさい。
人に優しく、摩擦を起こさないようにしなさい。
つまり「素直=従順」という等式が、いつのまにか常識になっている。
でも・・・待ってほしい。
従順って、素直じゃなくて「我慢」じゃない?
感情を抑えて穏やかにふるまうのは、内側で何かを押し殺しているということ。
それを素直と呼ぶのは、どう考えてもズレている。
そしてこのズレは、感情だけじゃなくお金の話にも侵食しておりまする。
人間には、毒がある。
怒り、違和感、「なんかこれ嫌だな」というざわつき、
言いたいのに言えなかった言葉。
この毒は、出さないと腐る。
腐った毒は内側でジワジワ広がって、気力を奪い、
人を嫌いになり、気づけば自分のことも嫌いになる。
「最近、何もやる気が出ない」 「人と話すのがしんどい」
「何か決定的な問題があるわけじゃないけど、うっすら不幸」
そういう感覚の正体は、たいてい溜まった毒の腐敗臭です。
そしてこれは、欲求も同じ。
「あれが欲しい」「これをやってみたい」
「このお金、ここに使いたい」という欲求を、当たり前に飲み込んでしまうことがある。
「ここまでお金かけなくても、似たようなのでもっと安いものを探そう」
「もっと賢く使わないと」 「こんなものに使ったら、反対される」
そんな風に自分の欲求を素早く却下する。
その却下された欲求も、腐る。
お金を使えない欲求と、言葉にできない感情は、 同じ場所に溜まっていく。
どちらも「出口を塞がれた自分の一部」だからね。
「素直」の語源は、まっすぐなこと。
よじれず、ねじれず、そのままであること。
つまり本来の素直さとは、自分の内側にあるものをそのまま外に出すことです。
怒っているなら、怒りをぶつけるんじゃなくて「私は怒っている」と言う。
欲しいなら、察してもらえるように頑張るんじゃなくて「欲しい」と言う。
使いたいなら、他に使いたい人がいるか確認しないで、いますぐ使う。
毒を吐くことは、わがままでも攻撃でもない。
自分の内側に誠実であるということ。
自分の感覚を信頼するということ。
それを素直と呼ばずに何と呼ぶのかい?
お金の使い方は、素直さが一番正直に現れる場所のひとつです。
「何に使うか」より「なぜそれに使いたいか」の方が、ずっと本質的な問いだ。
友人の手前なんとなく合わせた飲み会に毎月お金を使いながら、
本当に欲しいものを「高いから」と諦め続けてしまうことがある。
それは節約ではない。自分の欲求を「外からの評価」で上書きし続けているだけだ。
あるいは、自己投資と名のつくセミナーや本に際限なくお金を使いながら、
「ただ休みたい」「一人でぼんやりしていたい」という欲求には一切お金を使わないこともある。
それだって「正しいお金の使い方」という外側の基準で、自分の内側を塗り替えているのです。
毒を吐くことと、お金を欲求に従って使うことは、まったく同じ筋肉を使う。
どちらも「自分の内側を信頼する練習」だからね。
もしあなたが「素直になれない」と思っているなら、それは素直さが足りないんじゃない。
出口を塞いできた年数が長いだけだ。
毒が滲み出ているクセの強い人の方が、なぜか人を惹きつける。
腹の中で何を考えているのかわからない人よりも 欲求に素直な人のほうが、なぜか信頼される。
賢そうなお金の使い方より、「これが好きだから」と迷わず使える人の方が、オモロイ。
つまり素直になるとは、やさしくなることじゃない。
毒を、ちゃんと外に出してやることだ。
欲求を、なかったことにしないことだ。
内側に溜めた毒に、出口をひとつ作ってあげること。
欲しいものを欲しいと、一度でいいから言ってみること。
それが、自分への一番の優しさじゃない?
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