まず受け入れよう。そこから考えよう。 | 生きづらさを手放して、「ちょうどいい毎日」をつくろう

生きづらさを手放して、「ちょうどいい毎日」をつくろう

本当は、ただ静かに話を聞いてほしいだけなのに、
「それは甘えだよ」「ポジティブに考えて」
そんな言葉に、余計に心を閉ざしてしまうことってありませんか。

このブログでは、そんな私が見つけた
“ちょうどよく生きる”ための考え方や日々の工夫をつづっています。

誰か1人いると、すべての人が同じようにそうだと思ってしまうことがあります。 
例えば、1人の人に裏切られたら、

同じような人はすべて同じだと思い込んでしまうのです。 
特に純粋で素直、真っ直ぐな人だと、そう思ってしまいます。 

男性、女性、日本人、関東人、関西人・・・という風に、

同じくくりで人を見てしまいがいちです。 
僕は大阪に来る前にこう思っていました。 
『大阪人は、明るくて面白くてよく喋る』 
たしかに多いとは感じますが、おとなしい人ももちろんいます。

 

 


 

 

これらはたぶん、『すべて同じだ』と思うことへの否定をしたくないのかもしれません。 
1人だけがそういう人ではない→その人が悪いわけではない

→みんなそうだから仕方がない、という考え方でしょうか。 
そう考えると、気持ちが楽になります。 
でもそうなると、同じように見える人とは関われなくなります。 


子どもが学校で何か嫌なことがあったとします。 
嫌なこととは、『何かしらの否定』です。 
・テストで悪い点を取った

→良い点の否定、自分への頑張りの否定、人からの否定。 
・人から嫌なことを言われた

→今の自分の状況への否定、自分に関わることへの否定。 

その1人・1つの否定で、家に帰って親に怒られるとします。 
たまたまの連続が、何十人・何十個のように思えてしまいます。 
2回失敗したことは、なかなか続けられません。 
『3度目の正直!』と思って失敗したら、

それが諦めきれないことでなければ、もうやらないと思います。 
だから、家庭は肯定させる場所でなくてはならないと思うのです。 
誰しも、少なからず外で否定されています。 
家に帰っても否定されると、居場所がなくなってしまいます。 
居場所がなくなったらどうなるか・・・。 

子どもが帰ってきたときに、

学校での出来事が楽しくなかったという前提で考えて対応してみたらどうでしょう。 
子どもは外で何かあっても、

親に心配かけないようにと、明るくふるまうのです。 

相談するときには、すでに自分か他人に否定されています。 
否定をするから、悩みになるのです。 
美味しくて安くて品質も良いものに、悩みはありません。 
『高いなあ』と“安さを否定する”から、迷ってしまうのです。 
相談事を否定すれば、“連続”されて否定されることになります。 
だから、相談した相手に否定されたら、

相談する前よりも辛くなってしまうのです。

 

 

◆まず受け入れよう。

 そこから考えよう。