正解不正解 | 生きづらさを手放して、「ちょうどいい毎日」をつくろう

生きづらさを手放して、「ちょうどいい毎日」をつくろう

本当は、ただ静かに話を聞いてほしいだけなのに、
「それは甘えだよ」「ポジティブに考えて」
そんな言葉に、余計に心を閉ざしてしまうことってありませんか。

このブログでは、そんな私が見つけた
“ちょうどよく生きる”ための考え方や日々の工夫をつづっています。

誰かの固められた価値観と
誰かの固められた価値観は
ぶつかることの予想は 容易だ
議論して 答えを出すには
利害関係なしの 柔らかいアドバイス
ぶつかることが少ない あの人は
自分のための価値観ありつつ 
誰かのために価値観を変えられる
強さも持っていた


歳を重ねるにつれて
頑固者になるだろうと思っていた20歳半ば
嫌な上司は30歳で
ああ 僕はこいうい人には
なりたくないなと思っていた
自分で選んできた道だから
正解なのは当たり前
それを人に押し付けちゃいけないよな
歩いてきた道のりか
走ってきた道のりか
汗の量は全然違うだろう


自分が正しいと思うものが
誰かの間違いだと思うなら
きっと生きにくい世界になるだろう
自分は間違っているかもしれないと
思っていたら
きっと少しは生きやすい世界になるだろう
だってそこには受け入れる隙間があるのだから
それは僕にとって正解かい?
よくよく考えてみて欲しい


まだまだひっくり返ることは たくさんあるだろう
端が取られていない オセロゲーム
8割終わっても まだわからないぜ

そのときどきの正解は
自分とその人の喜びの 最大公約数の値
33と16 1引ける強さで16にしましょうか



誰かに教えてもらった答えを
黒板に書くのなら
その誰かが書けばいい
間違ってもいいじゃない
自分で考えた答えなのだから
誰かに決めてもらった正解は
本当は間違いになるんじゃないかってね


高校のあとからは
正解の幅が広がった
そこに存在するものすべてが
価値のある正解なんだ
人と違うからといって
間違いじゃない
サイコロを振って
1が正解だとしたならば
どんなにビクビクしながら
振らなければならないか


ほとんどの正解は
人間が作ったもの
その人が間違って創った正解ではないと
誰が断言できるでしょう

そのときどきの正解は
自分とその人の喜びの 最大公約数の値
33と16 1引ける強さで16にしましょうか