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あ~、
終わっちゃいましたね。


想像以上
と言うより、

あれは
想像できないし
例えようもない。

あの熱気、熱狂、気迫は
他には無いでしょう。

コンサート、観戦のそれ
とはちがう。

仲見世で神輿担ぐのに
前の人の肩に
手をのせて並んでる時の
緊張感。
揉みくちゃになりながら
棒に辿りついて担いだ
高揚感。
段々と最前に進んでいく
期待感。
前棒最前に出た時の
気恥ずかしながらの興奮
外れたあとの
なんとも言えない
充実感。
と、同時にやってくる、
「もう一度。」感。


あれだけの興奮した
状態、人達を
捌いていく青年団の人達
神輿の道標となる幤を
持った着流し姿の役員方
(あの興奮状態でも守られる・・・守らせる?絶対的ルール、統制。これが他の熱狂や興奮の場とは違う。神聖さや、粋な所。かな。)
ぜ~んぶ
格好良い世界。

あそこにしかない。
浅草にしか。


そりゃあ、そうだ
それだから
日本の三大祭、


三社祭。


そして、この
痣も。

残っているうちは
夢じゃないと
思う事でしょう。

夢心地を
もう少し。



追伸、
こんな新参者に
前棒担がせて頂けて
本当に光栄でした。
順番守ったのも
神仏の前には平等。
ありがたい。

あと、
神輿の棒。
なんでも
便利に楽になってしまう
時代に、
クッション入れたり
変形させたりしない
(当たり前だけど。当たり前が当たり前で無くなっていく世の中。)
どんなに痛くても
担ぎたい人は居なくならないし、担ぎたい人が担げば良い。
その伝統、ルールを尊重し、理解し、実行できる人達が携われる。

時代が変わっても
それを飲み込ませる
納得させられる
力を、魅力を
持ち続けている。って
凄い。素晴らしい。


もの言わぬ祭が
その形を
留めているのは
それを守ってきた、
また、今なお
守っている人々が
いらっしゃるから。



この、素晴らしい一日を
ありがとうございました

ご縁を頂けた樋口さま
はじめ、役員の皆様、
青年部長、青年部の皆様
そして、
三社さまに
深謝。