こんにちは。

今日もご覧いただきありがとうございます!

 

さて本日は少し個人的な話なんですが、まぁなんというか、

アイドルオタクとしての人生も終盤に来ているのかな、という感覚があって、

そのへんについての今の考えを備忘的に書いておこうかなと。

※ただの個人的な感情の垂れ流しなので、その点ご承知おきください。

 

 

 

文章的には現在の状況や結論から先に述べた方がいいと思うんですが、

こういう考えの変遷を適当に並び替えるのも難しい感じがするので、

とりあえずアイドルオタクとしての半生をダラダラと書いていきましょうか。

(今に至るまでの経緯は本筋ではないのでサラッと)

 

 

〇アイドルオタクへの入口

というわけでまず、僕が「アイドル」に興味を持ち始めたのは2016年ごろ。

当時の僕はアイドルを毛嫌いしていて、友達が見せてくれるももクロのライブ映像に

あーだこーだ言いつつ、特に能動的に興味を持つことはなかったんですが、

風向きが変わり始めたのは、その友達がももクロの外周ステージで見たとき宣の

「むてきのうた」のMVを僕に見せてくれたことがきっかけでした。

とは言ってもまだがっつりハマるほどではなく、また、その当時は

「アイドル現場ってなんかよくわからんし怖いな……」という気持ちもあり、

しばらくは「好きなもののひとつ」程度だったように記憶しています。

 

そんな僕がようやくライブに足を運んだのは、2018年のクリスマス。

まだYoutubeで動画を漁る程度ではありましたが、それなりに興味を持つくらいには

見ていたので、件の友人を誘って舞浜で行われたときクリvol.4へ向かい、

これが僕にとって記念すべきアイドル初現場となります。

 

 

〇とき宣にハマり始めた2019

そこでおはるの熱量に惚れ、2019年は徐々にとき宣にハマり始めます。

ビクストで初めてリリイベというものを観に行き、

ツアーでは初めてライブハウスでのライブに参戦し、

夏はびっちょり祭りでびしょ濡れになる楽しさを体感し、

ガールズランドでは女装にチャレンジし……

と、自分にとって初めて尽くしの色々な経験を積んだのはもちろん、

特に年末の中野は自分の人生の転機となるくらいに最幸の時間になって、

ここが「あ、自分はこの時間に人生を乗せよう」と感じる転機になりました。

 

 

〇オタクinコロナ禍。他の女子と喋り始める2020(?)

2019年まではツアーも1カ所だけ、リリイベも気が向けば、

というライトなファンでしたが、ここから本格的に気合を入れるぞ、と思った矢先、

僕にとって衝撃的なばんちゃんの退部発表があり、さらにはコロナ禍にも突入し、

ライブすら思うように参加できない日々が続きます。

ただ、今振り返っても決して良かったとは言えない非日常でしたが、

会える日を願って、離れていてもときめきを届けようと全力で頑張る彼女たちの姿に、

仕事などがうまくいかない中で自分の人生を支えてもらっていたのはもちろん、

あの期間だからこその「ときめき」は確かにあって、

ある意味で唯一無二の、その時ならではの感動もたくさんあったように思います。

 

そしてここでのもうひとつの転機が、他のアイドルを見始めたことです。

在宅勤務や外出自粛で時間ができ、また、各アイドルも配信を充実させる中で、

今まで見向きもしていなかったスタダの他アイドルを知る機会が生まれます。

(特にこの時によく見ていたのは、たこ虹の家にいるTVとか)

そんでもって、たこ虹・ukka・東北産のそれぞれのライブに参戦し、

僕のアイドルオタク人生で最も興味関心が広い時期だったんじゃないでしょうか。

 

 

〇道が見え始めた2021

こうしてちょこちょこと他のアイドルを知るようになってはいたのですが、

2021年にばっしょーの6周年記念ライブを観に行ったあたりで、

とき宣以外の関心はどんどんばっしょーに集約されていったような気がします。

他グループで自分に馴染まないところがあったのも要素のひとつではありますが、

とき宣とまた違った魅力を感じ、また、ローカルアイドルとしての矜持にも惹かれ、

ばっしょーが自分の中で少しずつ大きなものになっていきます。

またとき宣については、今振り返っても、中野からこの時期くらいまでがもっとも

「ストーリーに魂を乗せてた」時代なのかなぁと思います。

待ちに待った晴れ舞台に感動し、心残りだったZeppツアーを走り切り、

僕にとってとき宣との物語がひとつの結実を迎えた期間だったかもしれません。

 

 

〇最幸が更新されなかった2022、接触を知った2022

ですが2022年、オタク人生の中でも2つの大きな転機が訪れます。

まずひとつは、とき宣のライブで「最幸」が更新されない感覚が生まれたこと。

横浜武道館での晴れ舞台がライブとしてピンとこなかっただけでなく、

続く夏ツアーは「ライブが一番大事」という前提すら覆すような厳しい内容で、

「常にライブでワクワクドキドキして、最幸を更新してくれるんだ」という

とき宣を信じる上での根底が揺らいでいくような感覚が生まれました。

また、晴れ舞台での挨拶を機に菅田さんへの負の感情が芽生え始めたり、

大目標として埋めた幕張で「あの時」ほどの自分事の感動を感じられなかったりと、

この頃から「自分」と「とき宣のストーリー」が離れ始めた気がします。

(それでも自分にとっての一丁目一番地であることは変わりませんが)

 

そしてもう一つの転機は、ばっしょーで接触イベントに行き始めたこと。

この時まで僕は「アイドルはステージで見るもの、接触イベントは違う」

という価値観で生きており、とき宣の特典会も一切参加していなかったんですが、

4月に行われた春の入隊式ツアーで、1部と2部の間にたすき特典会があったため、

「まぁ暇だし珍しい特典会だし」と軽い気持ちで愛ちゃんの特典会に参加した結果、

あれよあれよという間に沼にハマっていきます。

また、関ケ原やバルーンフェスタ、年末のハウステンボスなど、

とき宣を応援している中では味わうことがなかった空気感のイベントにも参戦し、

ばっしょーを応援する時ならではの楽しさを知ったことで、

自分の中で「とき宣」と「ばっしょー」という2軸が定まっていきました。

 

 

〇2つに一筋、走りまくった2年間

そこから2024年までは、オタクとしてもっとも忙しかった時期です。

2つを応援するからには2つとも全力を尽くすんだ、というこだわりもあり、

可能な限り色んなイベントに参加してきました。

まぁ僕なりにという程度なので、ガチの方からすればまだまだだと思いますが、

「2つのグループを応援してます」という自分の言葉に恥じないくらいには、

それぞれにこだわりを持って現場に参戦してきました。

色んな意味でこの時間が有限であることはわかっていましたし、

「行きたい」と「行ける」が噛み合う限りはやり切ろうという気持ちのもとで、

心から後悔のないオタク人生を歩むことができたと思っています。

 

 

 

 

……と、ここまでがざっくりとした過去の歩みの振り返りなんですが、

本題はここから。

なぜじゃあ今「アイドルオタク人生の終わり」を感じているのか、という話ですが、

上で話したように僕はとき宣とばっしょーの2つを軸としていたので、

それぞれについて少し話していきましょう。

 

 

まずは話が早いばっしょーの方から。

転機になったのは瀬田さんの卒業。(推しというわけではありませんが……)
この転換点における運営の進め方や、東京拠点化に対する乗れなさなどもあり、

気づけば今のばっしょーが自分にとって「遠い」ものになっています。

(※言いたいことや引っ掛かったことは山ほどありますが、スレチなので省略)

 

他の方のご意見や自分の変なこだわりなどはもちろんあるでしょうし、

推しである愛ちゃんがいればいいじゃない、という見方もあるとは思いますが、

今現在のばっしょーのストーリーに乗れていない僕自身を否定することはできず、

なんかもう今は別物というか、自分とは違う場所にあるなぁと。

2024年の夏まではその歩みに僕の感情をたくさん乗せていて、

だからこそオタクの本懐とも言うべき楽しさや喜びがたくさんあったんですけど、

僕にとってのばっしょーは2024年の12月で終わってしまっていて、

今のばっしょーは自分事ではないような感覚があります。

まぁこれが関東在住のオタクだったらまだ切れてなかったかもしれませんが、

今のこの心境で少なくない手間や金をかけて遠征するかと言われると……。

 

と、そんなことを考えてるうちに気づけばばっしょーは走り始めていて、

自分の信条的に中途半端に行くモチベも湧かない、となると、

ますます今の彼女たちは自分から遠いもののように感じられて、

あぁ、スパッと他界する時はこういう感じなのか、という気もしています。

もちろん嫌いじゃないし、彼女たちには幸せになってほしいし、

俺が正しくて彼女たちが間違ってるなんて言う気は毛頭ないですけど、

それを後押しするのはもはや僕じゃないんだろうな、という感覚も同時にあって、

道は離れてしまったけど影ながら応援しています、的なスタンスです、たぶん。

 

 

 

 

そしてもうひとつ、とき宣。

上ではばっしょーと並列するような書き方になっていましたが、

やっぱり僕にとってはもっとも大きく、そして人生に影響を与えたグループです。

ここ数年、間違いなくとき宣が自分の人生の中心だったし、後にも先にも、

こんなに熱中することはないだろうな、とも思います。

ただ上でも少し述べたように、人生を捧げていた時期から見ると、

今は少し遠いというか、「とき宣の物語」と「自分」との間に距離があって、

その物語に人生丸ごと乗せるような懸け方はしていないのも事実です。

 

その要因は思い当たるだけでもいくつかあって、

現行のバズりかわいい路線や諸々の商法への引っ掛かり、

それに伴う客層の変遷に対する違和感、

菅田さんに対する嫌悪感及びそれによる旧体制への懐古……。

と、言い出せばキリがありませんし、転機としても、

キャッチコピーがシレっと改変された時、

サンリオツアーでガッカリした時、

菅田さんへのネガティブ感情が閾値を突破した時、

夢のひとつであったSSAで自分の理想とかけ離れたライブを目の当たりにした時など、

自分の中でターニングポイントとなった箇所はいくつかありますが、なんにせよ、

今のとき宣と自分が向いている方向は違うんだな、というのは感じています。

(詳しく話すとあまりにもキリがないので省略します)

(気が向けば別で書きます)

(あ、菅田さん推しの人を否定する気はないし、その人が好きならいいと思います)

 

もちろん今でもライブですごく楽しいと思う瞬間はあって、

「だからとき宣が好きなんだよ!」と感じられるシーンもたくさんありますが、

それも今のとき宣の物語に心から感情を乗せているからというよりは、

僕が思うとき宣のライブを感じられた時に楽しくなるというか、

もっというと「これがいいんだよな」という過去の焼き直しでしかないし、

今現場に通っているのはその「楽しさ」が大好きなのだという想いと、

これだけ好きになったアイドルを最後まで見届けようという余生的な感情なので、

そういう意味では古参ぶった老害オタクなんでしょう。

(実際、最近のカワイイ推し活ソング的なのをやってる時はほぼ地蔵ですし……)

 

 

 

……と、少し話が長くなってしまいましたが。

ここまで言っておいて、でも僕はとき宣の行く末を見届けたいし、

おはるとジュリアの輝く姿はやっぱり素敵だし、

何より、とき宣のライブで感じられる楽しさは何物にも代えがたいから、

今もこうして現場に通っていますし、

これからもそんな唯一無二の「現場」は大事にしようと思っています。

 

ですがその一方で、自分のすべてを乗せて応援しよう!というメンタルではないし、

今のとき宣のスタンスが自分にマッチするものかと言われるとそうではないし、

拡大に貢献するとか、グッズを収集するとか、アイデンティティとして誇示するとか、

そういう感情も今の自分にはかなり薄いものとなってしまいました。

番組出演とかも気が向けば程度にしか見ていませんし、

「内側」よりも「外側」にいる感じというか、

現場以外の優先度はもう全然高くないというか。

 

 

まぁこれで取捨選択ができたのも事実で、これまでのような推し方だと

資金的にもスケジュール的にも遅かれ早かれ限界が来ていたと思いますが、

ばっしょーは現在コストをかける対象にはなっていないし、

とき宣も現場や遠征費にはつぎ込むけどグッズとかはほぼ買わなくなったので、

ある意味でオタクとして大事にするものが洗練されたような感覚もあります。

(余談ですが、

ばっしょーは離れた一方、とき宣を見続けているのはなぜなんでしょうね。

感覚的にはわかるのですがうまく落とし込めていないので、またいつか、

自分の中でなんとか言語化してみようかと思います)

 

 

 

 

そしてここで当初の話題に戻ると、そういう意味で「終わり」が近いというか、

ばっしょーに関してはいわゆる「他界」と思しき状況になっていて、

とき宣に関しても全身全霊を懸ける時期は過ぎ去ったという感覚があり、

物質的にも精神的にも、アイドルオタクとしての出口付近にいる気がしています。

 

これからまたアクセルを踏むシーンがあれば別ですが、

現状ではあまりそういう想定にはなっていないし、

じゃあ他のアイドルを見るかと言われても、それもあんまりピンとこないんですよね。

自分の人生を変えたとき宣より上の存在が見つかる気がしないのはもちろん、

とき宣を推し続けた結果「成功」の場所まで上がる様子を目にすることができて、

ばっしょーではローカルイベントや特典会の楽しさはもちろん、

地方に根差したアイドルを応援することの意義をも実感することができて、

アイドルオタクとして味わうものは味わいきったという感覚があると同時に、

「推しが成功すれば絶対に最高に嬉しいと思ってたけどこんな感情なのか……」と、

推しが上に昇っていくさまを見た時の自分の感情を目の当たりにしたり、

とき宣にせよばっしょーにせよ、進んだ先で自分が思い描いていた形とは違う未来になった時に喜びきれない自分がいたりと、そんな顛末を振り返ると、

自分のアイドルオタクとしての限界やアイドルという稼業や形態の難しさを感じて、

そこに新しく没入する気にはなれなさそうだな、と。

 

こんなん言ってるオタクが秒で沼にハマるのもたくさん見てきたし、

ハマる時はこういう頭でっかちな考えとは別の「運命」でハマると思うので、

僕もなんだかんだで新たな推しを見つけてる可能性もゼロとは言えませんが、

現状その予定はないし、なんというか、アイデンティティにしがみつくように

「アイドルオタクであるためにアイドルオタクをする」のはあまり想像できません。

あくまでも僕はとき宣とばっしょーを応援することが自分にとって幸せなことだから

熱中していただけで、それが逆転するようなあり方にはならないかな、というか。

 

あくまで僕は僕にとっての楽しさとか幸せとか、

そういうものをベースに判断していきたいと思っています。

そしてその意味で言うと、「アイドルオタクであること」それ自体がその人にとって

すごく楽しいのであればそれでいいと思いますが、たぶん僕はそうではないので、

楽しいと感じられている現場から足を洗ったら、アイドルオタクとしては

それっきりなのだろうな、という感じです、よーしらんけど。

(俺はアイドルが好きなんじゃなくて○○が好きなだけ!と一緒ですねこれ)

 

 

 

 

 

そんなわけで、とき宣を知ってから9年目、初現場からは7年目。

「今」の人生を注ぎ続けてきた中で、ひとつの転換点を迎えつつあります。
 

 

それにしても、とき宣からも離れたら自分はどうなるんでしょうか。

アイドルにハマる前と同じように、Jリーグや温泉巡りに精を出すのか、

別の何かを見つけるのか、あるいはまたアイドルオタクしてるのか…。

 

先の未来のことはわかりませんが、とは言っても、

まだとき宣の現場には全然通うつもりですし、

僕は僕なりの形で「余生」を過ごそうと思いますので。

あと、なんかのきっかけでまたスイッチが入るかもしれませんしね()

 

 

と言う感じで、なんか若干は整理できたような、でもまだ書き足りてないような。

気が向けば加筆したり新しく書いたりするかもですね。知らんけど。

 

というわけで、お読みいただきありがとうございました!