望月「いらっしゃいませー!!!」

シンヤ「はりきってるな、もっちー」


望月「おはようございますシンヤさん!そうですね。昨日帰ってから、YouTubeでホストの動画かなり見てきました。とにかく今は情報収集の時期だと思っています。ホストがどんなモノか何となくわかってきました!」


シンヤ「ほう。勉強熱心なのはいい事だけど、ちゃんと応用しないといけないからな!頑張れよ」

望月「はい!ありがとうございます!」


時刻は21時過ぎ。徐々に賑わいを見せてくる店内。

そして‥


陽平「おーす。おすおす」

内勤「おはようございます。って遅刻ですよ陽平さん!」

陽平「はぁ?今、客来るから待っとけよ、キノコヘッド」


女の子「ごめ〜ん、陽平くん!タクシー捕まらなくて!」

陽平「お、きたな。どーも。次から気をつけろよな」


内勤「い、い、いらっしゃいませー!ご、ご指名は?」

陽平「見りゃわかんだろ。どう見ても俺だろ?」

女の子「陽平くんで!」

内勤「かしこまりました!当店初めてのご来店の場合、身分証のご提示をいただいております」


女の子「はい免許証」

内勤「ありがとうございます。コピーとらせていただいてもよろしいですか?」


陽平「お前らそのコピー当たり前にとってるけど、何に使うんだ?逆にキャバ行って免許証出せって言われたら嫌じゃねぇか?個人情報の取り扱いも出来ないホスト風情が、意味不明な文化に染まってんじゃねぇよ。」


シンヤ「お客様。いただいた個人情報は責任を持って管理しております。どうぞご安心ください。決して悪用はいたしませんので。最近の歌舞伎町はどうにもこうにも厳しくて!はははっ!さぁメインへご案内して!ごゆっくりどうぞ!」


マイク「お客様ご来店です!」

店内「いらっしゃいませー!!」


余計な事を言うんじゃねぇと、キッと陽平を睨みつけるシンヤ。てへぺろ陽平


望月「(あれ?本当に指名できた‥)」

ショックを受ける望月。


まさに有言実行。入店翌日、新規指名を連れてきた陽平。

見る限り、付き合いが前からあったとは思えない距離感を感じられる。

そして、陽平が

ニコニコしてる。


常に眉毛が吊り上がり、今にも人を引っ叩きそうな雰囲気はまるでない。


ガニ股&偉そうな足組み、背もたれの首部分に両手を置き、反社の会合のような雰囲気ではあるが、女の子はピトっと陽平にくっついている。


望月「くそっ‥あいつあんなに偉そうなのに、女の子は嫌にならないのかよ‥」


担当「おーい!モッチー聞いてる?」

望月「あっすいません!何でしたっけ?」

先輩の指名卓にヘルプに着いていたが、陽平卓が気になりすぎて全く会話が入ってこない望月。


そして‥


店内の照明が落ちBGMが上がる。


望月は何となく嫌な予感がした。

その予感は現実のモノとなり、陽平のテーブルでシャンパンコールがスタートする。


陽平「うぇーい!昨日の今日でサンキューな!今日シャンコやった事は褒めてやるけど、3つだけ。シンプルにもっと現金持ってこい。使う金を月内で振り分けとかして出し惜しみすんな。最後にとりあえず明日も来い。わかったかー」


「こいつ何言ってんだ感」が店内を駆け巡る。


ただ姫はピトッと横にくっついたまま、うんうん頷くだけ。


陽平に何かとてつもない弱味でも握られてるのか、はたまた宗教的な洗脳すら完了してるのか、シャンコ隊が1番困る反応である。


メインは言葉を絞り出す。

「まちーがいーないないない!」



こういう場合のホストの返しはわずか数パターンである。もう何十年も数パターンである。

本来、強烈な担当や姫のシャンコは、泥酔してやるくらいがちょうどいい。


無事?にシャンパンコールが終わる。

そのタイミングで、付け回しに呼ばれる望月。いよいよ初めての初回である。


望月(昨日、YouTubeで見た帝蓮みたいな感じで、にこやかで穏やかな感じで行こう!親しみやすいように!)


意気揚々と初回に着く望月。

望月「初めまして!望月です。隣座ってもいいかな?あはは!名刺も渡してもいい?よろしくね〜」


望月(うまくできた!)

頭の中で1億回練習したワードである。


姫「あうん、どうぞ」


だが、明らかに姫の顔がひきつっている。

ありきたりな初回の入りだが、仕草や表情など帝蓮を完コピしすぎた為、言葉に言い表せない違和感を姫は感じている。


帝蓮の雰囲気は、彼が築き上げた確固たる実績、経験、知名度、オーラによって成立する。

そしてイメージとは違い有名ホストはもっと丁寧である。

ポっと出の素人が真似したとて、偽物感が滲み出るという事を、この時望月はまだ知らない。


ローランドブーム初期の頃、歌舞伎町中のホストが彼を真似て、ある日突然毒舌キャラに変身して、ただただ周りに不快感を与えるだけのホストが大量発生したパターンと凄く似ている。

手応え0の時間が続き、遂に抜かれる望月。


望月「思ってたのと違う‥」

初回接客を見ていたシンヤが声をかける。


シンヤ「もっちー。普通にやれ」

アドバイスはシンプルであった。


望月は恥ずかしかった。

色々見抜かれたと感じた。

その一言に

"お前がやっても無駄だ感"

が詰まっていた。


ホストは辛い。

やっちまった卓から、新しい初回に行く時でも、1分くらいで気持ちを切り替えないといけない。


2回目の初回卓、望月は普通に着いた。

新人らしく、謙虚に、とにかく明るく振る舞った。そしたら、どうだろう。

姫はそのフレッシュ感が気に入ったのか、さっきの卓とは全く違う反応であった。


元々、女の子慣れしてない望月は言葉の「質」が綺麗である。

特に面白い事を言うわけではないが、誠実さが言葉に魂として乗っかっている。


望月(これは、いいぞ)


無事にLINE交換を済ませて卓を抜ける望月。

十分な手応えを胸に、次のヘルプで着く。


望月(結構時間たったけど、あそこの初回どうなったかな。他にも色んな人が着いたからなぁ)

期待と不安で初回卓の様子をチラッと見る。

ちょうど運営が送り指名を聞きにいってる所だった。


胸が高鳴る。

ドキドキする。

選ばれるか。


遠くてよく聞き取れないが、恐らく送りが決まった感じである。

運営がインカムで何か話した後、こちらに真っ直ぐ歩いてくる。


望月(こ、これは!きたか!!)


ドンドン近づく。

そして


通り過ぎていった。


望月(あれ?)


すーーーーっと


陽平「おう」

指名客に何か話しスッと立つ陽平。


そして‥


陽平「誰だかわかんねーすけど、あざーす!」


望月手応えバッチリ初回客は陽平を送り指名に。


なぜだ


あいつは一度も着いていない。

なぜなんだ?

なぜ送りなんだ?


望月は信じられない光景に目を疑う。


内勤「望月さん!」


運営から抜けの合図が出る。

ヘルプ卓に乾杯をして、抜ける望月。


シンヤ「もっちーちょっと来い」

望月「あ、はい」


シンヤ「もっちー。言いたくはないが、お前さんは何をしに今日出勤してきた?」


望月「ホ、ホストで結果を出したくて」


ギロリと睨むシンヤの圧に言葉に詰まる望月。


シンヤ「何が言いたいかわかるか?お前らの勝負はお前らだけの勝負だ。周りのキャストも姫も関係ない。目の前の仕事に集中出来ないやつは勝負以前に、最低でとても失礼なホストだ。客が切れただの、初回で他のキャストに持っていかれただの、痛客うぜぇだの、そんな個人的な問題は目の前のヘルプに着かせてもらった姫には関係ないんだ」


望月「は、はい


シンヤ「ホストならテメェの給料くらいテメェの売上で作れ!テメェ1人で稼げない分際で、目の前の仕事を放棄するとは何事だ!恥を知れ恥を!」


望月「す、す、すいませ」


シンヤ「さっきまでお前が着いてた卓の姫は無駄な時間だっただろう。新人だから気を使って話を振っても返ってこない。挙げ句の果てには担当からのパスもよそ見してて聞き返す?無駄な時間以上に無駄な金を使わせてしまったんだ。当たり前にもらった酒も本来当たり前じゃない」


望月「ほんと、ほんとうに、本当すいま」


シンヤ「分かったなら、気持ちを入れ替えろ。最近のホスト始めるガキと一緒にされたくないならな。俺はメンケアしねぇぞ?病んでる女と一緒にいすぎて、知らない間にそれに引っ張られて、"俺も病んでたら何でも許してもらえる"と本気で思ってる女々しいホストみたいになるなよ。それが嫌ならホストは今日限り辞めろ」


望月は何も言い返せなかった。そしてとてもショックだった。自分が陽平ばかりに気を取られ、目の前の仕事(ヘルプ)にも集中出来なかった。

YouTubeを見過ぎてホストの本来やるべき事を疎かにしていた事。

とても後悔した。


そして


望月「先程はすみませんでした。せっかくお酒もいただいたのに今後ないよう気をつけます。よければ今度また着かせてください」


さっき着いてたヘルプ卓に謝罪をしに行った。

姫も担当もキョトンとしていたが、すかさず周りからのフォローも入りしっかりと謝罪を受け入れてくれた。


ブルーな気分だったが、その後は気持ちを切り替えて営業をこなした望月。


ラッソンも終わり長い長い初日が終わった。