いよいよホスト出勤初日。

期待と不安が入り混じり一睡も出来なかった望月。

シンヤに言われた通り髪を切り、服装もググりまくって綺麗めな感じでまとめてきた。

11秒無駄にしまいと家のPCではYouTubeTikTokを流しっぱなしにし、女性の服装についても2022年の11月頃から現在に至るまでのトレンドもしっかり把握していた。

まさに優等生である。

ただこれは準備の準備。部活風に言えば練習の為の練習である。


望月「おはようございます!」

内勤「おはようー!今日から本入だったね。よろしくね!」


内勤のタメ口がお客さんからキャストになった証拠である。望月には少し嬉しく思えた。


ロッカーへ荷物を起き、店舗ルールの確認、入店契約書や誓約書へのサイン、身分証の提出など一通り初日しなければならない事は終わった。

そして、掃除開始の時間にシンヤが出勤してきた。

シンヤ「おはよう!!」

従業員「おはようございます!!!」

従業員みんなと笑顔で挨拶するシンヤ。

相変わらず目は笑っていないが、やはり店の空気がパリッとする圧は凄まじいものがある。


望月「おはようございます!今日からお世話になります!よろしくお願いします!」

シンヤ「おー来たかモッチー!宿題やってきたか?髪型良い感じじゃん!服装もまぁOKだな。」


望月「言われた事はやってきました!」

シンヤ「OK OK。最初は覚える事多いだろうけど頑張れよ!」


掃除に対して細かく指示を出すシンヤさん。

特にゲストが使うトイレには細心の注意を払い、鏡に一滴でも水アカがあれば何度でもやり直しをさせる徹底ぶり。

これが歌舞伎町を代表するホストのゲストへの気遣いである。


朝礼開始


シンヤ「今日入ったモッチーだ。みんな仲良くしてな」

望月「只今、ご紹介に預かりました望月と申します。未経験ゆえに皆様にご迷惑をおかけする事あるかと存じますが、その際はご遠慮なくご指導いただけますと幸いでございます。ヨロシクオネガイイタシマス」


シンヤ「挨拶かたいよー(笑)」

従業員「お願いしまーす(爆笑)」


内勤「じゃあ声出し!!」


一斉に全員立ち上がる


内勤「お客様ご来店でーす!」

全員「いらっしゃいませー!!!」


内勤「ニューボトルいただきましたー!」

全員「あーらすーー!!!!」


内勤「お客様お帰りでーす!!」

全員「あーーしたぁーー!!!!」


内勤「今日も1日ー!!!」

全員「よろしくお願いします!!!」


シンヤ「じゃあ営業開始ー!!!」

全員「おっっしゃああああああああ!!!」

拍手


望月は圧倒された。

ホスト業界では基本中の基本である声出し。

学生時代、運動とは無縁でカメラばかり撮っていた望月には初体験の「超体育会系」な光景であった。


シンヤ「もっちーは、初日30分だけ俺の講習があるからV卓(VIP席)に来てくれ」

望月「はいっ!」


シンヤの特別講習が始まる。


シンヤ「今回は集客についてのレクチャーだ。結論から言うと新人時代はチャンスが回ってこない。新規店と言ってもここは俺の店だ。他店から売れっ子移籍者も多いし、ホスト経験者も多い。もちろんもっちーのような未経験者もいるが、俺が自分で選んだ男達だから喋れるイケメンが多い。その猛者達と初回卓に着いてもきっと送り指名は取れないだろう」


望月「そうですね。顔もトークも勝てる気がしません‥努力して頑張っていきます‥」


シンヤ「それじゃあ遅いんだ。考えが甘いな。その努力が実るのが来年だったらどうするんだ?1年間お前はずっと売れないホストのままだぞ」


望月「では、どうすれば‥」


シンヤ「ひと昔前のホストとの決定的な違いは、自分で集客する時代に切り替わったって事だ。つまりは自身で世間に売り込む事が重要になるんだ」


望月「個人でですか?」


シンヤ「そう、個人でだ。店はあくまでもパフォーマンスをする"舞台"だ。ヘルプはその引き立て役の演者にすぎない。結論、何をすべきかと言うとそれはSNSだ」


望月「SNSですか」


シンヤ「今日これから自撮りをして、TwitterとインスタとTikTokのアカウントをつくれ。自撮りを必ずアイコンに設定して、プロフィールにはCLUB FIZZと分かりやすい自己紹介文をいれるんだ」


シンヤは続ける。


シンヤ「重要なのはTikTok LIVEやその他のライブ配信だ。リアタイでリスナーと絡める機会を増やせ」


望月「えっ‥でも喋れないですよ!生配信なんてやった事ないです!」


シンヤ「誰でも最初はやった事ないんだ。喋れる喋れないで言ったら大体どこのホストも大して面白い事なんて喋ってない。大切なのはリスナーと直に関わる事なんだ。それがいつか指名に繋がる。最初は先輩達の過去配信を見よう見真似でやってみろ。そしたらそれをTwitterとかインスタで普通の投稿と共に告知するんだ。普通に考えたら歌舞伎町で何千分の1の確率で出会える初回客よりも、一気に全国の皆さんと触れ合える分効率が良いだろう。今時、昼職だって飛び込み営業は少ないぞ?Webマーケティングに移行してる。これが現代のホストマーケティングだ」


望月「わかりました!やってみます!」


正直、望月は不安でいっぱいだった。

携帯ショップでは、携帯に関する問題を解決する「目的」がハッキリしているお客様しかこなかった。それには持ち前の知識と丁寧さでクリア出来たが、ホストという仕事は「自らを目的化」させる必要がある。

ゆえに、そのリクエストは多岐に渡る。

180度、待ちの営業から売り込む営業だ。

まさにゼロイチ。更地を整理し、種を蒔き、水を与え、花を咲かせる。

これに馴染めないホストはホストを辞めるしかないのである。


望月「シンヤさん、あんまり僕自信がないのですが大丈夫でしょうか?」


シンヤ「お前何俺からの追い風求めてんだ?人に相談して"きっと出来るよ"って背中押してもらわないと新しい事もチャレンジ出来ないのか?よくそんなマインドでホストを志願したな。ホストって仕事は特殊中の特殊だ。世間が思ってる200倍厳しい仕事なんだ。どこの売れっ子も血反吐を吐くような努力をしてる。

やってなさそうな感じを出して、思い切り努力してるのが現代のブランディングだ。

努力しなくても売れた天才だと思われたい奴が沢山いるが、その裏ではエースや太客の為に人間を捨ててまでも指名を繋ぎ止めているホストがほとんどだ。だから一部の、やってなさそうブランディングの売れっ子ホストを鵜呑みにしちゃいけない。いいか、もっちー。ホストで売れたければ、やれるかなじゃなくて、やる!だ。わかったな」


望月「やります!」


シンヤの圧にそうとしか言いようがなかった望月。物事をじっくり考えて着実に進めたいタイプの望月には、考える前にやってみるという思考が理解出来ないでいた。

ただじっくり考えるタイプは時として、チャンスをみすみす逃す事もある。

ホストとは瞬発力がキーとなる仕事である。

今日会えた姫は、明日も必ず会えるとは限らない。明日会える予定の姫も歯車が狂えば、一生会う事もなくなってしまう。

望月はそのシビアさにまだ気づけていない。

この世界、食える時に食っておかないといけないのだ。


長いレクチャーは終わり、いよいよヘルプに着く事になった。

ドキドキしながら1つの卓に着く。


望月「はっ、初めまして。望月といいます。ご一緒失礼します」

姫「どうぞー!」

担当「よろしくねー!」


凄く優しい卓だった。

未経験な望月を優しく出迎えてくれた。

そして望月は一生懸命YouTubeの話をした。

姫が登録してたYouTuberの話も盛り上がる事ができ、上々の滑り出しだった。


ホストって楽しいかも‥

想像以上に温かい人達で驚いた。


意気揚々と別の卓へヘルプ志願する望月。

そして‥


望月「失礼します!望月といいます!ご一緒してもよろしいでしょうか?」

姫「‥‥」

担当「‥うっす」


望月(あれ?さっきの卓と全然違うぞ‥ケンカ中かな)


卓は終始無言。

担当もまぁ仕方なく望月に気を使っている。

望月はこの時、担当次第で卓の空気やヘルプに対する対応が違う事を学んだ。

担当と姫は鏡合わせ。

担当が無愛想でキャスト同士関係性が深くなければ姫もそれにつられる。

もしくは本質的に似たもの同士がくっつく。

初めて着くヘルプに気を回せないのは、担当の考え方が幼稚であり、「自分で何とかしろ感」は現代には合わない部分であり、且つ担当としての手抜きの象徴である。


気まずい雰囲気の中、特に何も話せず相槌を打つだけの回となった。


望月(ホストって正解がない‥)


マニュアルの中で解決してた課題や問題が、ホストでは存在しない。


初日から飛ばしすぎた望月を内勤が気遣い、バックヤードで休ませる事に。

水を飲みながら先程の卓での1人反省会をする望月。


すると、バックヤードの仕切りの向こうで誰かと誰かが話してるのが聞こえた。

どうやらシンヤさんのようだ。


男「シンさん。なんすか急に」


シンヤ「なんすかじゃねえだろお前。本当に呼ばれた意味わかってないのか?」


男「分かんないっすね(笑)」


シンヤ「お前ウチにこないだ飲みにきた帰り、逆ナンしてきた女の子2人組いたの覚えてるだろ?」


男「あーそんなのいたっすねー」


シンヤ「お前その子達ぶっ飛ばして、金抜いただろ」


男「えー?俺そんな事したかなー」


シンヤ「ふざけてんのか?真面目に答えろ」


男「あー、さーせんした(笑)けどあいつらが舐めた真似してくるから悪いんですよ?」


シンヤ「今の歌舞伎町の状況考えろ。規制が厳しくなって悪質ホストがバタバタ逮捕されてる。知ってるだろ?」


男「あーやられてるっすねー。けどまぁ俺ホストじゃねえし(笑)関係ないすよ」


シンヤ「お前はな。けどな俺は違うんだ。ホストを経営してる側は何がよくて何が悪いかかなりグレーなゾーンを手探りで探ってるデリケートな時期なんだよ。実際お前がぶっ飛ばした女の子達からは警察に通報入って、俺の店に事情聴取にまで来たんだ。実際お前は俺のとこの従業員じゃないから、客同士が揉めたって事でその場は収まったが、おかげで警察には目をつけられていて、えらい迷惑かけられたんだよ」


男「ほー。うまいことやりましたね」


シンヤ「ふざけるな。人の店に迷惑かけておいてその態度はなんだ。そもそも、お前がやった事はいつの時代でもアウトな事だ。お前もこっち側の人間なら詫びの入れ方くらいわかってんだろうな?」


男「シンさん、マジで怒ってます?いや、本当にさーせんした。以後気をつけますから‥」


シンヤ「そんな謝罪では誠意を感じられない。お前から詫びは1つしか考えられない。わかってるな?」


男「わからないっすねえ」


シンヤ「ウチの店で働け。明日からだ。NOとは言わせない。働いて売上出して返せ。給料システムは他の従業員と同じで勿論給料も出してやる。その代わり結果を出して俺に償え」


男「えええーーー。マジすか‥わかりましたよ。チッ仕方ねぇなあ!あのブス共っっぜぇなああああ!!!」


シンヤ「わかったならもういい。今すぐ契約書にサインしろ。お前が辞める時は俺が納得した時だ。契約期間は無期限だ。わかったな。早く書いて早く帰れ。明日は18時に店に来い。以上だ」


男「チッ‥‥!」


望月(とんでもない現場を聞いてしまった)


シンヤ「おう、モッチーいたのか。同期が増えたぞ、あっはっはっは!」


笑いながらバックヤードを出るシンヤさん。

望月は話してた相手が気になって仕方ない。


望月(バレないように少しだけ顔を見ておこう)


そーーーーーーーっ


金髪‥‥

身長もかなりある‥

このイカつい風貌‥‥‥

あいつはまさかっ!!!!!!!



続く