目路はるか向こうの空より、紫の雲を押し分け、歓喜に満ちた言寿に包まれ、黄金の光まばゆい神輿が進んでくる。
神輿のまわりには、幾百とも知れぬ旗指物が林立している。
空中を流れるように走る神輿は、喜三郎の前に静かに下る。
扉が開き、玉容まばゆいばかりの崇高い神があらわれ給う。
――あ、国常立尊さま。
第一回高熊山修行で、喜三郎はすでに拝顔している。
「上田喜三郎、この方と共に、今より天国に来れ」
かたじけなさにひれ伏す喜三郎の背を、神はやさしく撫で給う。
思わず天地開けた心地し、感激の涙が腮辺を伝う。
この時、空中の一角より、言寿の声に包まれた朱塗の神輿が馳せ来り、紅の扉を押しあけて、きらきらしい女神がほほえみつつあらわれ給うた。
女神は男神に黙礼した後、喜三郎を見つめて静かに宣り給う。
「わらわは稚姫君命です。
そなたには大地の世界を救う重大な使命があります。
そのためには天国の模様を知っておかねばならぬ」
思わず合掌する喜三郎。
折しも万歳のどよもす声に顔面を上げるや、銀色に輝く神輿が舞い降る。
国常立尊と稚姫君命は左右より手をそえ、喜三郎を神輿に入れた。
いぶかしや、風もかつぎ手もないのに、神輿は数知れぬ旗指物に守られて地を離れ、空中に飛翔する。
「弥永久世弥長……」
祝言を宣る言霊が天地に鳴轟する中、
三台の神輿は五色の雲の階段をつぎつぎに登って最奥天国に達する。
天国の太陽は現実界の太陽より遥かに明るい。
神輿は黄金山上の長生殿にかき入れられた。
長生殿は十字形の珍の宮居だが、その荘厳さ、美麗さは言葉でもあらわせず、絵にもかけぬ。
国常立尊は宣り給う。
「この宮をやがて地上にうつし、汝に授ける。
いよいよ豊葦原の全地の上に神の国を築くべき時節がめぐりきた。
邪神の荒ぶ澆季末法のこの時、上田喜三郎は至粋至純の惟神の大道をきわめ、神の使いとして全世界に神の道を弘め、人類を神のもとに覚醒させよ。
身魂を潔めて、真の勇・真の親・真の愛・真の智慧を輝かし、暗黒の世界の光となり、温みとなり、人心を清める塩となり、身魂の病を癒す薬となれ」
稚姫君命はのたまう。
「そなたは群芳の中で三柱の女神の姿を拝したであろう。
天国に導く前に、そなたの精霊に対面さしたのです。
今後は瑞の御霊の神柱なるを自覚し、地上の光となり花となるよう努めなされ」
神言の一つ一つにいぶかり、驚きつつ、喜三郎は衿を正す。
長生殿にかかる真澄の鏡には、頭に輝く宝珠をかざした女神の姿が映っている。
その前に突っ立ち、とみこうみしながらも、それが自分と気づくまでには間があった。
「これがわしの精霊の姿……あ、つまりその……女や、わしは……」
二柱の神は長生殿の奥殿の御扉深くかくれられ、女神と化した喜三郎一人、惘然と立つ。
吾に返ると、神庭には、神人たちが冴え渡る楽の音に歓ぎ舞う。
魅き入れられるように踊りの群に分け入った。
神人たちは女神の喜三郎をとりまいて踊る。
その姿のおもしろさに、喜三郎は大声で歌った。
天地にとどろくわが声に愕然として目ざむれば、身は高熊山の岩上――。
東の空はあかあかと紫の雲たなびき、清涼な朝風が五体を浄めるよう。
樹々の梢には百鳥がさえずり始めた。
やがて東の山の端から真紅の太陽がのぼり、朝露の玉を宝石のように輝かせる。
そのすがしさ、美しさはそのまま天国の延長かと思うばかり。
感謝の祝詞を奏上しつつ、喜三郎は、神のもたらしたメッセージの重さに粛然となる。
と同時に、心の底から勇みに勇み立つのを押えきれない。
――わしの霊魂はどうやら女性らしい。
なんやけったいなこっちゃ。
おまけに瑞の御霊の神柱……。
その尊い神柱には世界を救う使命があるそうな。ということはわしが救世主。
どえらいこっちゃわい。
ま、それもよかろう。
だいそれた救世の使命の自覚を、二十八歳の喜三郎は、さして誇大だとは思わなくなっていた。
高熊山の岩窟は、巨岩が露頭し谷に面して切り立った崖の中腹にある。
その岩窟の上には、まるで人工でうがった台座のような、大小四十八個の天然の凹みがある。
第一回の高熊山修行の際、その凹みの中にそれぞれ四十八人の天使が坐ってみろくさまのお話を傾聴しているさまを、喜三郎は霊眼で視ている。
以来、喜三郎は、その凹みを「四十八宝座」と勝手に名づけている。
幽斎修行者の指導を琴に任せたまま朝から高熊山に登った喜三郎は、四十八宝座の右手の懸崖から一筋の水がぽとぽとしたたっているのに気づいた。
その水を伝って谷底深く下りると、わずかの水たまりができていた。
手ですくってむさぼり呑む。
渇したのどには甘露とも何とも形容しがたい。