大洪水

 

 多年の宿望が成就して、常世彦命は天の大神の命をいただき、盤古大神を奉じて地上霊界の神政をにぎった。

常世彦命は八王大神の称号をかちとり奢りきっていた。

 国祖はじめこの堅苦しい律法をかざす天使は追放し、ただ少々煙たいのはエルサレムの奥殿にいる盤古大神だけである。

常世彦命は盤古大神の温厚な神格が苦手で、エデンの園に造った宮殿に転居を乞うた。

盤古大神は見ざる聞かざる言わざるの三猿主義をとり、常世彦のいうままになる。

 

 また常世彦命は地の高天原の御神霊との同殿同床を避け、申しわけに小さな宮を橄欖山の頂きに建てて移し、年に一度お祭りするにとどめた。

神殿は風雨にさらされて荒廃するに任せ、屋根は雨がもり、くもの巣ははびこって、ついに野鼠の住家となる。

各国の八王八頭も聖地に神習って宮殿から国魂を分離して形ばかりの宮に移し、祭祀の道を怠った。

 地上霊界の乱れは現界に写り、人々は天地の神を信じ、おのれを省みる心を失い、律法は遠く忘れ去られる。

 国祖大神の威霊の抜け出た天地六合(りくごう)は大変調をきたす。

春の花は秋に咲き、夏は雪降り、冬蒸し暑く、妖気 (ようき)は天をとざして次第に日月の光は曇ってゆく。

 エルサレムの龍宮城は八王大神が住んで遊楽の場となり、おぼろ月夜のような大地の気候異変も苦にせず遊び狂った。

ついにエルサレムやエデンの城は鳴動(めいどう)爆発し、大火災になる。

盤古大神や八王大神夫妻らは、アーメニアの野に向って逃げた。

彼らは大蛇や悪狐の容器になりはて、アーメニアに神都を聞く。

 国祖御退隠に際しては協力し合った仲の大自在天一派はこの機を逃きず、天下の神政統一を旗印にまず常世城を占領、盤古大神一派に無名の戦端を切った。

この反逆に激怒したアーメニア側は、常世城討伐を期して、各山各地の八王八頭を招集した。

  大自在天神も同じ力をもって招集令を発したので、天下は二分し、おのおのその去就に迷わされた。

内乱衝突は各地に広がり、もはや頼むにたる権威すらない。

混乱に乗じて大蛇、悪弧、邪鬼の邪神たちは、時こそ至れりと暴威をふるった。

 国祖の数十億年の忍苦の結果になった地上は汚濁し、邪悪な気魂は宇宙の霊気を汚し、毒素は刻々と増してくる。

このままでは天足彦、胞場姫の体主霊従の気を受けついだ地上人類は殺し合いによらずともみずから滅亡するよりほかにない。

 かなわぬ時の神頼み、今さらのように国祖大神の威霊を慕い、神殿に伏して祈願を捧げる人々さえ現われた。

地上霊界、現界のこの有様は、隠身となった国祖の神霊に響かぬはずはない。

国祖は耐えに耐えた吐息を内にこらえ、涙を体内に呑む。

今にして堪忍の緒を切れば、体内に積みふさがった悲憤の思いがどれだけの力を爆発させるか、御自分でも分かるだけに泣くに泣けぬ。

 それにしても、国祖の腹中に蓄積された嘆きの涙は、満ちあふれんばかりになっていた。

そしてついに煩慮(はんりょ)の息は鼻口よりかすかもれて大彗星(だいすいせい)を生み、無限の宇宙間に放出される。

一息ごとに一個の大彗星が、そしてまたたくうちに数十万の彗星が現われ、やがてその光は稀薄になって消滅した。

しかしその邪気はガス体となって宇宙開に飛散し、ついに欝積(うっせき)して充ち満ちる。

 蔭ながらこの世を守っておられた二柱の大神は地上を立替え立直す時がきたのを悟り、ひそかに救いの道を開かれる。

根底の国に落ちていた天使たちは国祖の神命を受けて予言者になり言触れにことよせて、神の教えと警告を世界各地に広める。

 だが利己一辺に傾き荒みきった人々は、わずかを除いて流浪(さすらい)神の予言警告などに耳をかさぬ。

その中でも、さすがに盤古大神は、言触神(ことぶれかみ)の一言で世の終りを悟った。

礼を尽くしてその教えを聞き、改心して新しく神殿を造り、日月地の神を鎮祭した。

 それに反して八王大神一派は言触神を牢に投じ、

「呑めよ、騒げよ、一寸先は暗よ、暗の後には月が出る」

と自棄(じき)的に踊り狂い、予言警告を無視した。さらに盤古大神を暗夜に乗じて攻め滅ぼそうとする。

盤古大神は無抵抗主義をとり、言触神とともに辛うじて聖地エルサレムに逃れた。

かつての神政の都エルサレムは崩壊し、すすき野になっていた。

天変地妖は各地に続発し、予言を信じた神々たちはエルサレムに集まってくる。

 八王大神の野望は止どまるところを知らず、盤古大神を偽称して、ついに魔軍を率い、海を渡って大自在天神を攻めた。

盤古と見破った大自在天神一派は、迎え撃って猛烈な戦端を開く。

地上は真二つに割れて、惨慌たる修羅場となった。

 国祖は、絶望と怒りと悲しみのため、耐えに耐えてきた大声を発し、地団駄を踏んだ。

 大地は揺れ、地震の神、荒の神が一度に発動した。

酷熱の太陽が数個、一度に現れて氷山を溶かし、海水は刻々に増加する。

太陽の光が沈んだと思うと暗夜が続いて、五六七にわたる長雨となった。

天は鳴動し、地は裂け、山は崩れ、津波は常世城を没っせんばかりに襲いかかる。

 引き返そうとした魔軍の磐樟(いわくす)船は狂乱の波にもまれて海底に沈み、天の鳥船も大気の激震に耐えかねて、次々と墜落していった。

天地神明の怒りの前には、さしも猛威をふるった大蛇、悪弧、邪鬼の魔力もなえ、ただただイモリ、ミミズに変化(へぐ)れて逃げまどうばかりである。

 

 大洪水は地上を泥海に返した。

水中よりわずかにのぞく高い山の頂きにはいち早く天災を知った鳥類、獣類が、あるいは数日前からこのことを予知していた蟻の大群が真黒に積もっていた。

 泥海の上には、幾つかの神示の方舟が、暴風雨にもまれつつただよっている。

これは一名目無堅間(めなしかたま)の船といい、

銀杏の実を浮かべたように、

上下がしっかりと樟の板で丸く覆われている。

わずかに空気穴があいているのみである。

予言者の神示に従って、心正しい人々が長い日数かけ、牛、馬、羊、烏などを一つがいずつ入れ、草木の種を積み、食物とともに準備していたのである。

それに乗って生き残った人々が、第二の人類の祖先といえる。

 地上の蒼生のほとんどが死に絶えた。

二神は世の終末を見るに耐えず、天の日月の精霊に対して祈る。

 

「地上の森羅万象を一種(ひといろ)も残さず、この大難より救わせ給え。

吾らは地上の神人をはじめ、一切万有の贖いとして、根底の国に落ちゆき、無限の苦しみを受けむ。

願わくは地上万類の罪を許させたまえ。

地上のかくまで混濁して、かかる大難の出来したるは吾らの一大責任なれば、身をもって天下万象に代らむ」

(『霊界物語』六巻「極仁極徳」)

 

 祈り終るや、二神は地獄の口を開く天教山の噴火口に身を踊らせ、根底の国へ神避(や)られ給う。

その贖いによって、本来なら根底の国に落ちるべき人類の霊魂が、地上蒼生(ちじょうそうせい)のすべてとともに、そのま顕の幽界へ救われる。

龍宮城から延びてきた天の浮き橋から金銀、銅の霊線が下りてきて、東西南北に巡りながら波間にただよう無数の神人を救い上げる。

 地上霊界の神々の体は三次元の物質とは違う稀薄な霊身だから、いったんは死の世界へ落ちても、救いの御綱によって蘇ることができる。

盤古大神や大自在天神は金橋に救われ、極悪非道の八王大神夫婦でさえ見捨てられず、国祖の慈愛の綱にかけられた。

しかしその身は蟻の山に下ろされ、全身蟻だらけになる。