爾速須佐之男命白于天照大御神 我心淸明 故我所生子得手弱女 因此言者自我勝云
爾(か)くありて、速須佐之男(はやすさのを)の命(みこと)天照大御神(あまてらすおほみかみ)于(に)白(まを)すに、
「我(あ)が心清く明かし。
故(かれ)我(あ)が生(な)せる[所の]子、手弱(たよわ)き女(め)を得(う)に因(よ)りて此れ言ふ者(は)自(おのづか)ら我(あれ)勝(つ)と云ふ。」と。
而 於勝佐備【此二字以音】離天照大御神之營田之阿【此阿字以音】埋其溝
亦 其於聞看大嘗之殿 屎麻理【此二字以音】散
而(しか)して、勝ち佐(さ)備(び)【此の二字、以音(こゑ)を以てす。】於(に)
天照大御神之営田(つくだ)之阿(あ)【此の「阿」の字、音(こゑ)を以てす。】
を離(はな)ち其の溝を埋めぬ。
亦(また)其(そ)れ大嘗之殿(おほなめのとの)を聞き看(み)る於(に)、
屎(くそ)麻(ま)理(り)【此の二字、音を以てす】散らす。
故 雖然爲 天照大御神者登賀米受而
故(かれ)、然(しか)る為すと雖(いへ)ども、
天照大御神者(は)登(と)賀(が)米(め)受(ず)して[而]、
告 如屎 醉而吐散登許曾【此三字以音】我那勢之命爲如此
又 離田之阿埋溝者 地矣阿多良斯登許曾【自阿以下七字以音】
我那勢之命爲如此
告(の)りたまふに、屎の如きは 醉(ゑ)ひて[而]吐(たぐ)り散らす登(と)許(こ)曾(そ)【此の三字、音を以てす。】我那勢(あがなせ)之命此の如く為(す)れ。」
又、「田之阿離(はな)ち溝を埋む者(は)、地(つち)[矣]阿(あ)多(た)良(ら)斯(し)登(と)許(こ)曾(そ)【「阿」自(よ)り下を以て七字、音を以てす。】我那勢之命此の如く為(す)れ。」
登【此一字以音】詔雖 直猶其惡態不止而
登(と)【此の一字、音を以てす。】詔(の)りたまふと雖(いへど)も、
直(た)だ猶(な)ほ其の悪しき態(さま)不止(やま)ずして[而]、
轉天照大御神坐忌服屋而 令織神御衣之時
穿其服屋之頂 逆剥天斑馬剥而 所墮入時
天服織女見驚而 於梭衝陰上而死【訓陰上云富登】
転(かへ)りて、天照大御神、忌服屋(いみはたや)に坐(いま)して[而]、
神御衣(かむみけ)を織り令(し)めし[之]時、
其の服屋(はたや)之頂(いただき)を穿(うが)ち、
天(あめ)の斑馬(ふちこま)を逆剥(さかは)ぎに剥ぎて[而]、
墮(お)とし入(い)る[所の]時、
天(あめ)の服織女(はたおりめ)見、驚きて[而]、
梭(ひ)於(に)て陰上(ほと)を衝(つ)きて[而]死せり
【「陰上」を訓(よ)み、富(ほ)登(と)と云ふ。】。
さて、速須佐之男命(はやすさのおのみこと)が天照大御神(あまてらすおおみかみ)に申し上げるに、「私の心が清明だったからこそ、私が生んだ子に、か弱い女子を得たのです。
ですから、これが物語るのは、自(おのずか)ら私が勝ったということです。」と。
そして、勝ち誇り、
天照大御神の営田(つくだ)の畔を毀損し、その溝を埋めてしまいました。
また、御殿で大嘗祭(だいしょうさい)があると聞き、出かけて糞をし散らかしました。
ところが、こんなことをしたと言うのに、天照大御神は咎(とが)めず、 仰るには、
「糞のようなものは、酔って吐きちらすと、弟はこの程度をしたに過ぎません。」と。
また、
「田の畔を毀損して溝を埋めたのは、土が新しくすると、弟はこういうことをしたのです。」
と。
このように仰ったにも関わらず、相変わらずで、そのまま悪態を止めませんでした。
却って、天照大神が斎服殿(いみはたでん)にいらっしゃり、
神御衣(かむみけ)を織るよう命じなされた時に、その斎服殿の屋根のてっぺんに穴を開け、
天斑馬(あめのふちこま)を逆剥(さかは)ぎに剥いでに墜(お)とし入れ、
天(あめ)の服織女(はたおりめ)はそれを見て驚き、
杼(ひ)[織機で用いる器具]によって陰部を衝(つ)き、死んでしまいました。