母は10年前に亡くなった

85、6だったと思う

強い母だった

子供の頃
母からはよく叱られた

父から叱られた思い出はない

母は薬指にしている
指輪のところをたてて殴る

それが、いたいのなんのって

どちらかというと
父は兄貴を心配していた

母は死ぬまで俺を心配していた

結婚したのも
母が亡くなってからだ

母は慶応病院に
長い間
入院していた

手術を何回もして
次の手術を受けるために
体力をたくわえて

そんな毎日だった

やがて
昏睡状態が続くようになった

その日
夕方になってしまったが
母の顔でも見ようかと
病院に向かった

病院に着くと
いままで兄貴夫婦が
いたことを告げられた

帰ったばかりみたいだった

先生が用事があるので
見ててもらえますか
と言って病室から出ていかれた

俺は母の顔を見ていた

意識はなくても、生きている

でもなにか話しかけようとした時

ピッピッと鳴っていた
脈拍を伝える機械が

急にピーと、一本になった

よくドラマで死ぬ時に見られるシーンだ


急いで先生を呼び

これは亡くなったということですか

と質問した

先生は少し間をおいてから

御愁傷様ですと言った



俺は、いま病院に来たばかりだ

そうか

母は俺が来るの待ってたんだな

自然にそう思えた

不思議と悲しくなかった

俺は母に
お疲れ様と言った