夏目友人帳の主人公は、幼い頃から他人には見えない存在が見え、それを口にしたり、行動したりすることで、たくさんの人たちから「嘘つき」、「変な子」と言われ続けてきた。


「嘘つき」…


私も幼い頃、友達のお母さんとかに「嘘つき」呼ばわりされてた。そして、そう他人に言われることで母にもよく「嘘をつくな」と言われた。


幼い頃の私は、楽しいことがあると、話が大げさになる傾向はあった。


自らの記憶を手繰ると、確かに大げさだったとは思う。


しかし、それが「嘘つき」と言われることにはいつも疑問を感じていた。


「嘘つき」は、自らの利益のため意図的に他人を騙すことだと…幼い頃はこんな風な言葉は出てこなかったが…そう思っていた。


楽しくなって話がオーバーになることは、私が私の利益のため意図的に他人を騙していたのかな?…


幼い頃の私が、自分の経験や知識を楽しくなり過ぎて誇張して話すことが、「嘘つき」になったのだろうか…。


息子と話をしていると、息子も興奮したりすると話が大げさになることがある。しかし、それで「嘘つき」と思ったことはない…。


まあ、これを大人になっても続けてたら、そう言われても仕方ないのかもしれないが、喜びや楽しいことを押し隠せない子供が誇張気味に話すことが、「嘘つき」にはならないのではないか…。


「嘘つきは泥棒のはじまり」と聞かされて育った私は、子供の頃、「嘘」という言葉にいつも頭をひねっていた。


いつしか大きくなった私は、本音を言わない子になり、嫌で嫌で仕方なかった学級委員や◯◯委員長を押し付けられても、断るすべすら見失い、毎日、心のどこかで1日が始まることへの憂鬱を抱えていた。


昨夜、妻と話していたら、妻が私を「可哀想な子供だった」と泣いた。


私は中3のある日、電気コードで首を締め、死のうとしたことがある。いじめを受けていた訳でもなく、唐突にあちらの世界に行きたくなったからだが…。


結局、死ぬことはできなかったが、自分の本心を言えないまま過ごす日々が憂鬱だったことは思い出した。




大きくなった私は、やっぱり私は他人に自分の本心を出すことには抵抗がある。故に、今度は「優柔不断」とか言われたこともある。

社会人になり40を越えた今、まあ他人がそう思おうがあまり関心がなくなったから気にもしないが、若かった頃は、「本心を出せば嘘つき、本心を出さなければ優柔不断」ということに、苛立っていた。


どうしたらいいのか?ちょうどよいって何?
前世紀、夢に溢れてたはずの21世紀は迎えてみたら、世界的には、民族、宗教間の血で血を洗うような紛争、テロ…国内では格差社会が進行し、世知辛く、息詰まるような情勢が続くなど、まるで退化を始めたかのようだ。


当然、そういう皺寄せは世界も日本も子供たちに押し付けられるケースが目立ち、怒りを覚えるというか、目をそむけたくなるというか、悲しくなるというか…そんなことが蔓延しているような気がしてならない。

そんな中、時事通信ニュースを見ていたら、ロシアから暖かい気持ちになるような…人として恥ずかしくなるようなニュースが配信されていた。


人は猫にも劣る場合があるのか!?

以下、時事通信配信ニュースである。



野良猫、赤ん坊救う=氷点下で数時間温める―ロシア

時事通信 1月16日(金)5時39分配信


 【モスクワAFP=時事】ロシア南西部カルーガ州オブニンスクで、アパートの廊下に置き去りにされた赤ん坊を野良猫が温め、凍死の危機から救う出来事があった。地元テレビが15日報じた。
 アパートの住人が10日、「苦しんでいるような猫の鳴き声」を聞いてドアを開けたところ、赤ん坊が置き去りにされ、そばに寄り添った猫がなめたり、温めたりしているのを見つけた。
 その日の気温は氷点下。赤ん坊は数時間にわたり放置されていたらしく、住人らは、猫が世話をしなければ助からなかっただろうと話している。駆け付けた救急隊員が赤ん坊を搬送する際、猫は心配そうな様子でついていったという。
 赤ん坊は生後2~3カ月とみられ、健康に問題はなかった。警察が親の行方を捜している。猫は「マーシャ」と名付けられ、玄関ホールの段ボール箱に住むことが認められた。

今週から三学期も本格的に始まっていることであろう…。


という中、不登校息子は火曜日から家内の祖父母宅に行ってしまったままである。


学校という空間そのものを拒絶してるようだ。


掃除をしていたら幼稚園の卒園の頃書いたと思われる息子の文章が出てきた。


そこには、小学校に上がることへの大きな期待が、たどたどしい文字で書かれていた。


入学後、2年生の一学期までは、とても楽しそうに通っていた。


辛いな~…


宿題のことで先生に騙される形(息子にとって)になり…意地悪なクラスメートから何度か嫌がらせをされ、挙げ句、上級生複数人から暴言、暴力を受け…さらには、同じ学校のスカウトの先輩からも陰湿なことを繰り返されて…。


息子は学校に行かなくなった。


息子は基本、誰とでも仲良くしていたい。それは学校に行けなくても児童館ですぐに友達を作ってきてしまう現実を見ればわかる。


一方で、頑な一面もあり、悪いと思うこと、おかしいと思うことに対しては、頑固なほど意思表示をする。これが年上の子達には生意気に見えて仕方ないのかもしれない。


でも、やっぱり過去の先生方も介在した色々なトラブルを振り返っても、ちょっと生意気ということはあっても、やっぱり息子が悪いというケースはなかった。

業と言えば業なのかもしれないし、神様からのプログラムかもしれないから、過去を振り返っても仕方ないが…。