本棚の片隅に「あなたに褒められたくて」という本がある。俳優の高倉健さんのエッセイ集だ。なかなか味わい深い本ではあるが、内容より本の題名に魅かれて買った記憶がある。そんな訳で、時々声を出してその本の背表紙の文字を読むことがある。「あなたに、ほめられたくて」と。

 

子どもの頃から父が大好きだった。ものごころついてから今日まで、他の家族の誕生日を忘れることはあっても、父の誕生日には「おめでとう。」の声をかけるのを欠かしたことはなかった。母に言わせると私の父親好きは赤ん坊の頃から始まっていて、眼鏡をかけた男の人に抱っこされると、父親と思うのかニコニコと機嫌がよくなったそうだ。新聞が好きで、いろいろなことをよく知っている父だった。大きな声で叱ることもめったにないが、褒めることも少なかった。照れ屋なのである。

 

母にはさんざん反抗したり、わがままを言って困らせた私だったが、父には「聡明な、料理のできる娘」と錯覚して欲しいと願っていた。父にひとこと「おいしい」と言ってもらうために、実家に行くときはコーヒーミルまで持参した。カップを温め、挽きたてのコーヒー豆で淹れたコーヒーに父が「おいしいね」と言うと、心の中で「やった!」と喜ぶ私だった。

今年は奈良漬けも、やっと母の味に限りなく近いものができたのに、この世にあなたはいない。

 

 

上の文は20年前に自分が書いたものだ。

係の人から提出期限と文字数だけ指示されて書いたのだった。

今、本を捨てようと、本棚を整理している。本の間からでてきた印刷物に載っていた。

20年たっても、ちっとも成長していないことを確認した。