作曲家 作詞家 小説家 画家 写真家 映像作家 彫刻家 文芸家 絵本作家 その他多くの「家」とされる者がいる。
多くの者は、「大作家」になるために試行錯誤する。
内なるものをアウトプットする者もいれば、娯楽作品を想像力の中で仕上げていく者もいる。
売れるための作品が作られるのは多かれ少なかれ、大袈裟か率直か、嘘か真実かそこにあるものは全て嘘で、全て真実という解釈が出来る。
人の力を借りるか、自分の力で作るか。
創作意欲というのは維持することが難しい。
でも、肝心なことは、何が言いたいのかを明確にすることは「論じる」であって、作品を作るというのは楽しませる事を目的とする。
自分はそこへ意味合いをわかるように持っていく作り方をしない。
わからないように「遠回し」、「喩え」にして何回転もさせて、形を崩していてもそれはわかる人にはわかる。
わかりやすくあるべきは、楽しい作品を出来るだけ多くの人々が共感と娯楽を感じることの出来るものが、本来の売れ筋にあるべき形。
派手なメッセージをもってしまった作品は名作とされていく。
作品の全ては「皆のため」ではなく、「皆の物」になるのが時間の流れの摂理。
現実に起こった事を作品にすることが、作品をより深く、価値ある物へとなって行く事、自分をわかって欲しいと思うのは、作家も買い手も同じことを思ってる。
幸あれと、自分を含め、作家達の事を心から願う。

犬の様に家で寝てるわけじゃない。