「精神の本質的な貧しさ・・・」:野村胡堂『地底の都』 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

「精神の本質的な貧しさ・・・」:野村胡堂『地底の都』

kodo
野村 胡堂『地底の都』(講談社少年倶楽部文庫)

ロラン・バルトだったと思うが、「小説」はのきなみ「物語の構造」をなぞらえ織りなし生産されるもので、「人間の精神の貧しさ」をあらわすものにほかならないと。

たとえばウラジミール・プロップの『昔話の形態学』などを見ると、あらゆる昔話は7種の登場人物と31の物語の機能要素により形づくられているとかで、確かにその一覧を見ると現在流通しているエンターテイメントなんかも、大概これらの組み合わせで成り立っている。「貧しさ」というべきか。

ジュブナイルは児童向けに書かれたエンターテイメントであり、読者層を大人に向けたそれが上述のような要素を組み合わせ、さらに濃縮もしくは希薄にすることで、その「形態」を見えにくくしているのに対し、実にシンプルにそれらをむき出しにしている。

たとえば昭和7年=1932年に『少年倶楽部』に連載された野村胡堂『地底の都』などもその典型である。

古代に滅亡した地下帝国の所在地の謎、その財宝をめぐる争奪戦、地下帝国の研究を続ける博士とその息子たちの監禁、主人公たちと偶然に出会う孤児の貴種流離譚など、空恐ろしいほどにプロップの分析を反復している。

もちろん胡堂がそんなことを知るはずもなく、児童に喜ばれる物語を考えた結果なのだろう。そして実際に人気を博したのである。「貧しさ」というべきか。

いうまでもないが胡堂は銭形平次の産みの親であり、音楽評論家でもあったわけだが、探偵小説も執筆している。驚いたことに今年に入って限定千部ながら作品社から『野村胡堂探偵小説全集 全1巻』が刊行された。『ロック』に連載した中絶作品などは掲載されていないようだが、この絶対に売れない書籍を刊行し続ける作品社の勇気には頭が下がる。

たとえば全7巻予定の『山本周五郎探偵小説全集』など実に意表をついた企画である。いままでまず読むことが不可能だった諸作品が目白押しである。特に「軍事探偵小説」を集めた第六巻がすごい。現在の大衆文学研究が認知され始めた動向なくしてこれは実現しなかっただろうな。



『山本周五郎探偵小説全集 第六巻 軍事探偵小説』  末國善己編  予価:2800円(税別)
【内容目次】
弛緩性神経症と妻/虹の恐怖/逆撃吹雪を衝いて/猿耳/鴉片のパイプ/豹/血史ケルレン城/獅子王旗の下に/火の紙票(カード)/編者解説



『胡堂』とともに実に欲しい書籍である。貧しさが憎い。 しかし同社から10月に出るアドルノの『否定弁証法講義』は間違いなく買うな。しばらくモヤシをラー油と胡椒、中華ダシにひたした非常食暮らしが続いても。

で、『地底の都』の評価だが、無難におさまったジュブナイル。悪くはない。

野村胡堂集 (少年少説大系)』(三一書房)所収
地底の都.悪魔の王城.金銀島.六一八の秘密.岩窟の大殿堂. 解説 瀬名尭彦著. 年譜:p635~646
★★★☆☆